2014年3月23日日曜日

第6話 都市銀行JGBディーラー時代 =合併業務編=

1999820日の引け後、当時短期国債ディーラー(=所謂、丁稚)だったオイラはいつものように資金繰り確認、勘定の締め、係数表作成などに没頭していた。すると目の前の市場系端末(QUICKだったと思う)に驚愕のフラッシュニュース、、、「○○銀行合併へ!」って、これオイラの会社じゃないか~~(驚!)

目が飛び出るほどビックリした。都銀の合併は1990年代前半からあったのでそれほどサプライズではないのでしょうが、まさか自分のいる会社がなんの前触れもなしに合併するなんて。当然社内には事前のアナウンスなんかなく、それこそバケツをひっくり返したような大騒ぎ。

ほどなくして電話がなった。相手はいつも情報交換をさせてもらっていた別の銀行の同期。「よろしくね、これから一緒に仕事できるね。」なんか嬉しかった。お互いに駆け出しだったけど、いつも真剣に話していた。今日の相場がどうなるか、明日は、来月は、半年後は、、、自分なりの相場観を組み立ててはお互いにぶつけ、修正してまたぶつける。そんな本気の付き合いをしていたから一緒に働けることが嬉しかったのだと思う。

「でも本当にどうなるんだろうね?」当時6年目のペイペイが分かるはずがない(笑)それでも激論を交わした記憶が懐かしくよみがえる。

ほどなくして持ち株会社が発足し、合併後の新銀行が2002年4月に設立されることが決定される。当方は20014月からディーリングの傍ら「統合準備ワーキンググループ」の末端(=ここでも所謂、丁稚)として、新組織の業務フロー策定とディーリングシステム策定の主管者に命ぜられる。

そんなバナナ、、、オイラはどっぷりディーリングしたいのに~~。本人の気持ちとはよそに、これは次長(当時)の温情だったのだ。ディーラーとしての実績が芳しくなかったオイラにはサラリーマンとしての勲章がない。そこで統合業務を任せて箔をつけようとしてくれたのだ。(そうだ、きっとそうだったに違いない。)

かかし統合業務は激務だった。まったく違う会社がひとつになる。しかも吸収合併ではなく対等合併。それぞれの銀行が一子相伝の業務フローをもっており、そのいいとこどりをしながら新しいものを生み出す。これって職人芸!

まずはディーリングに付随する沢山のシステム、組織図、業務フローなどを持ち寄り現状把握。そして新しい組織のマッピングを開始する。バック、ミドル、フロント沢山の関係者が複雑に絡み合い調整するのが本当に大変だった。

当時田園都市線の荏田近辺に住んでいたオイラは毎晩終電、家でも仕事、週末も仕事、朝は普通に出社@730分。生まれて初めて10円ハゲが出来た(合併からほどなくして治った・笑)

1年間の激務を経て新銀行の新組織が誕生した。新しいディーリング部門が初日から問題なく取引出来たときは、涙がでるほど嬉しかったものだ。この統合業務でオイラは社会人として初めて本質的なスペックが上がった。それはタテ・ヨコ・ナナメの調整能力だ。もっともこの進化はOSがウィンドウズ95から98になったくらいのバージョンアップでしたが(笑) 社会人8年目にして、ようやくはじめの一歩である、、、遅すぎOrz

統合業務をやっていなかったら、オイラは新銀行発足後まもなく異動させられていたのだと思う。そういう意味でマーケット業務を続けることができたのは、やはり次長(当時)のおかげなのだ。そんなこんなで(何度も言いますが)、私はこの方に足を向けて寝れない。

第7話 証券業界への移籍 =外の海が見たい=では、なぜ都市銀行を退職し証券会社に飛び込んだのかをお話ししたいと思います。

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