2014年9月2日火曜日

新人の時、うれしかったこと

銀行員の支店時代、3年目になって新規専担を任された。これは同期の中でとても早い方で、とても嬉しかったのを記憶している。

役職者と私のたった2人でチームを構成し、既存のお客様の仕事は出来る限り減らし、ただただ、法人新規取引獲得に奔走する。銀行の法人新規獲得は地域特性もあるけど、結構困難な仕事で、若手が任されることは少ないのです。

当然上司が大きくて、比較的取引開始しやすい(おいしい)法人を攻め、当方は、そのおこぼれを攻める。ようは、支店にとっては『取引獲得出来たら儲けもの』の取引先を私に攻めさせるわけです。

若かったので、とにかく勢いだけで突進した。その中で沢山の取引を頂くことができた。

今回はそんな自慢話がしたかった訳ではなく、そこで遭遇した不思議な体験をコメントしたいと思う。

銀行には支店エリアというのがあって、同じ銀行でも隣の支店との線引きがある。その支店境の取引先をどちらが担当するかで、もめごとになったりすることもあるんだけど、その支店境に立地する【大きくて有名な会社】を訪問した時の事。

本来は当時の上司が担当すべき(大きな)顧客だったのですが、支店境ということで、上司は手を付けていなかった。若かった私は「大きな新規取引を獲得したい。」という気持ちが強く、上司に内緒で日参していた。しかしいつも門前払いで、誰も取り合ってくれない。しかしある時、財務課長が会ってくれた。

財務課長は40過ぎの痩せ形のオッサンだった。とても怖い顔で、異常なほど目がギラギラしていたのをよく覚えている。そして、その時、その方に言われたことが今でも自分の判断軸として生き続けている。

『オマエ、ここに毎日来てたな。名刺が何十枚も置かれてたから分かる。でもな、この会社はお前の銀行とは取引をしないんだ。それは亡くなった先代の社長が決めたことで、絶対に変わらないことなんだ。でもな、俺はお前と会ってみようと思った。それは、これだけ門前払いされても、訪問し続ける人間の目玉を見たかったからだ。思った通り、いい目玉をしている。』

私は何を言われているのかまったく分からなかった。そんな目玉の批評をして欲しいのではなく、オタクの取引が欲しいのだ。。。。。財務課長は続けた、

『オレの目玉を見てみろ。おれはこの会社で、信念を通して働き、社内でぶつかることも沢山あった。しかしオレの信念は、社会通念上正しいと思ったことをやるだけだ。その場その場で、俺のことを悪くいう奴もいた。でも、結果的にオレはこの重要なポストを任されている。信念を曲げずにやってきたからだ。』

『オマエはまだ若い。これから仕事をしていく中で、沢山嫌なこともあるだろう。そういう時に、信念を曲げたり、妥協したりしてはいけない。信じた道を進むんだ。目玉が濁った社会人にはなるな。』

結局、この会社の新規取引は取れず、財務課長とお会いしたのも、この1回だけだった。そして財務課長の言った言葉も、当時の自分にはそれほど響かなかった。

しかし、年を取るにつれ、この言葉の重みが強くなっていった。迷ってしまった時に決め手となる直感、それは「目玉の揺れる奴とは付き合わない。」

今でも折に触れ思い出す、この方の顔と言葉。あなたのお蔭で私は、道を踏み外さず、自分の信じた道を真っ直ぐ歩いています。たとえその道が、他の人から見たら、ジグザグで遠回りだとしても、それが自分のやり方だという事が分かってきました。

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