2014年3月31日月曜日

最終回(=新第1話) さらばマネーマーケット そして ヤマト全速前進!

ブログはまだ6年目ですが、DAILYコメント「独り言」を始めて早いもので15年経ちました。結局このライフワークは止められないんだな(笑) 日々何かに気付く、笑う、喜ぶ、怒る、悲しむ、、書くこと、使うことで知となる情報。そして誤用に対し容赦ないツッコミ(←これからもドシドシお願いいたします。)

「独り言」は、私を職業人として成長させてくれた可愛い、可愛い分身。頭の中にあったものを世に配信してこそ生じる文責は、自分をまっすぐにしてくれます。嘘を書いてしまえばリアルの自分も嘘をつき続けなければいけなくなる訳ですから。だから16年間、正直にマネーマーケットを歩いてくることが出来ました。

16年の道中で知り合った方々には、オイラの通ってきた道をお伝えしてなかったような気がしたので、このたび恥ずかしい職業人生を綴った次第です。


さて最終回です。整理しましょう!

私というダメ人間は、目の前のJOBに追われるあまり、CPUとOSのバージョンアップを怠ってきました。それでも山積するミッションを遂行するために沢山のアプリケーションを搭載し、その数だけCPUターボを搭載してきました。気づけば、コアとなるCPUとOSでは使いこなせないアプリケーションばかりになっていたのです。

ひょっとすると新入社員でも知ってるようなことも、実は分かっていないことが沢山あるのだと思います。いつからか不安が芽生え、それが雪だるま式に大きくなりました。このままでは職業人としての自分のミッションを完遂できないのではないだろうか。

見てください、着膨れした雪だるまのような私を。そして笑ってください。滑稽でしょ。もう着膨れし過ぎで、正面の景色も見えないのです。


でもミッションは放棄できません。

①1990年代後半、ジャパンプレミアム発生で日本が失った国富を取り返す。
②東京市場の未来のため若手を育成する。
③リーマン破綻の償いをしなければいけない。

直接マネーマーケットにアプローチはできませんが、これらのミッションを別の形で社会に還元できる人間になりたいと思います。


そのために、

①山積したCPUターボを取り外します(=業務から離れます)。
②山積したアプリケーションを時間をかけてアップデートしてきます。
③貴重なアプリケーションを使いこなせるCPUとOSを搭載してきます。







ビジネススクールに行くことにしました。


期間は1年のIntensiveコースです。卒業後の進路は未定ですが、やりたいことは複数あるので考えながら走りたいと思います。


世の中は広い、オイラは知らないことだらけだ。金融の常識は社会の常識ではない。しかし金融の常識に社会の常識を加えれば新しいものが見えてくるかもしれない。ひょっとしたらそこにオイラのミッションを遂行できるスペースがあるのかもしれない。

ず~っとお話できなくて申し訳ありませんでした。だから、大した話じゃないって言ったでしょ。ガッカリした? でもオイラにとっては未知の宇宙への挑戦なのだ!


『サラバ地球(=マネーマーケット)よ。 全員戦闘配置につけ、新イスカンダル(=新目標)に向け、ヤマト、全速前進!』








別に本当の最終回じゃないからね(念のため・笑) これからも宜しくお願い致します!!!

クロス円上昇、、

ドル、ユーロ、豪ドル、全部やられの巻Orz
予定通り売り上がりで行きますが、ちょっと痺れるな。東京は明日から新年度か〜。

VIX恐怖指数

2月以降コメントし続けているVIX恐怖指数。

直近1年弱は3か月周期でのスイングを継続している。記憶に新しい1月末~2月初旬にかけての新興国からの資金流出からそろそろ3か月になります。

今回は日本のGW前後がそのタイミングにあたり、市場の流動性を勘案すると値動きは荒くなりそうなムード。ここから4週間程度は、リスク資産&通貨が買われる局面では売り上がり方針に臨みたいと思います。

細かく言えば、基本的に売り回転。4月上旬は短期的な売り回転、下旬はショートHOLDで陰の極を狙いに行く。もっとも明日からバタバタするので、回転&コメントはややマイルドになると思います。

現在のポジションは日経先物ミニ ショート2枚@14740、AUD、ドル、ユーロショート&日本株現物ロングです。現物株の損がかなり戻ってきたので胸をなでおろしております(笑)配当も入る(だろう)しね。

2014年3月30日日曜日

第12話 米銀系証券 =最高のチーム=


結論から言うと最高のチームだった。営業、トレーダー、リサーチ、みんな同じ方向を目指し切磋琢磨していた。時には激論を交わしながら、失敗を素直に謝罪し、成功はみんなで分かち合い、素晴らしいチームだった。このメンバーと一緒に仕事をできたことを心の底から誇りに思っている。

だからありがとう、そして、勝手に退職してしまってごめんね。

「ONE BOOK構想」のテクニカルな話は、やっぱりここには書けないな(笑) だって現役の証券マンだって見てるわけですからね。テクニカルなことを書けない分、エッセンスだけ申し上げますと、甘えのない本当の意味のチームワークがないと出来ない戦略、とだけ申し上げておきます。

この会社でトレーダーO(7年目Oではない)に出会う。証券マンとして初めて「この人には勝てない」と思った人だ。たくさんの事を教えていただいたし、ディスカッションをしていると次々にビジネスチャンスが発見される!それも証券業務だけではなく、他金融、それ以外についても盛りだくさん。

お互いスモーカーだったので、昼飯は喫煙室でサンドイッチを喰いながら喧々諤々議論してることがよくあった。デスクに戻ると全身タバコ臭くなっていた(笑)

立場的には沢山の業務を請け負った。営業ヘッド、一人の営業マンとして、プロダクト営業のインターナルヘッド、(会社VS会社の)RM、組織横断の戦略立案、プレゼン資料作成、、、任された役割が多かった分、様々な仕事ができた。

そういう意味で、これまでのサラリーマン人生で搭載してきたCPUターボ群はすべてフル回転していた。パソコンに付加がかかるとカリカリと音がするでしょ。これが常時鳴りっぱなしになっているような感覚(笑)

沢山謝罪したのもこの会社だった。詳しくは書かないけど1か月間の大謝罪行脚は記憶に残る出来事だった。

勝手に辞めたのに、いろんな人に送別会をやってもらった。一昨日もトレーダーTに呼び出されて飲みに行った。明日は同じタイミングで会社を去ったトレーダーOとオジサン2人でランチ(デートか?)。これからもみんなと変わらない付き合いが出来ると嬉しい。

第11話 ふりだしに戻る

リーマン破たんの残務処理を終え、2008年12月に国内証券に移籍した。

場所は大手町。マネーマーケット人生をスタートさせた地に戻ってきたのだ。しかしこの会社での出来事は書きません。

2010年3月に証券マンとして最後の職場となる米銀系証券に営業ヘッドとして移籍した。ここで「ONE BOOK」という証券マンになった直後から温めていた構想に着手する。

第10話 リーマンブラザーズ証券 =サラリーマンとしての青春=

たった2年の証券人生で営業譲渡、部門閉鎖に被弾した。「次は絶対に大きな会社に就職しよう!」ということで選んだのは、世界で4番目に大き(かった)な証券会社 リーマンブラザーズ。ここは大丈夫だ、大きいし、ボスは迫力あるし、日本人だし、、、(←これは関係ないけどね・笑)

最終面接は副社長だった。副社長は円金利営業のことをあまり知らなかった。面接はあっさりしてて、時間をもてあました副社長は「お前、夢とかある?」いきなり新卒面談みたいなことを聞かれ正直戸惑った(汗)でもポーカーフェイスで「東京No1セールスになることです。」と言ってやった。初めての米系証券だったから、なめられたらイカンと、ちょっと気負ってたかな?

無事に採用されてジャンプインしたJGB営業チームはヘッドを入れて8人。前の会社の約3倍だ。担当先は少なくなっちゃうけど、使えるリソースも多い!これは色々勉強出来そうだっ!!!

結論から言うと、リーマンは私のサラリーマン人生の青春です。一番真っ赤に燃え上って仕事をしていたのはこの3年半だ。1週間(7日間)合計で20時間寝てないなんてことザラにあった。出社して電話を握り続け、社内で叫び続け、引け後は外訪、夜はシニアのRM活動、週末ヘタすれば両日ともお客様とゴルフ。あいている時間は業務を処理するためにデスクにかじりついていた。飲んだ後、顔を真っ赤(オイラは下戸で、酒が飲めるようになったのは営業になってから、、、今では毎日飲むけどね・笑)にして帰社して仕事をするのが当たり前だった。

注: 最近接待が問題になっているようなので念のため申し上げますが、当方はビジネス会食、ゴルフを基本にしておりますので、過剰接待は一切ございません(最近はゴルフも少なくなってましたけどね)。そしてビジネストークをガチンコでやっていました。

評価体系(報酬)に規制がかかる前だったので、業績連動給が大きかったのもモチベーションをあげる要素の一つだった。人並みにお金が欲しいという欲求はありました。でもね、後日談をご報告しますと、ボーナスの多くは株式です。おまけに換金(=売却)出来るのは頂いてから4年後、、、、と言うことは~~、在籍3年半だからビタ一文もらってない~~Orz おほほぉぉぉぉぉ↓

ただそれよりも「東京No1セールス(爆)になる」という気持ちの方が強かった。パフォーマンスの悪い従業員はあっという間にいなくなる。本当に喉がヒリヒリするような空気感の中で全力疾走していた。

嫌な思いも沢山した。こういう評価体系なので、くだらない社内政治も当然ある。数字だけのために働いている人も多いので、極端に言えば手柄を横取りしようとする人とかもいた。

リーマンで身につけたものはたくさんある。
    自分の精神的、体力的限界が広がった。人間無理をすると限界が広くなる。
    グローバルに大きな会社だったので社内ネットワークを有効活用すると、独力の10倍以上の付加可否をお客様に提供することが可能だった。このレバレッジを迅速かつ最大限に引き出す術を覚えた。
    会社のリソースを使うと自分の知識も増える。
    使える知識が増えると、顧客自身も気づいていない潜在ニーズを引き出す手段が増える。これはビジネスとしてWINWINにつながることが多い。
    社内で戦うことが増えた。その際に①組織で折り合う、②組織で戦う、③独力で処理する、この使い分けを覚え、面倒なことに時間をかけないようになった。
ここからは業務的な話。
    リスクを取って初めてわかることが沢山あった。
    お客様に提供したサービスと顧客満足度というのは、スナップショットベース(ある時点での)の会社のリソース、とタイミング的に必ずしも一致しない。基本的に半年から1.5年のDELAYをもって顧客満足度となって表れるということが分かった。
    倒産前後で嫌というほど思い知らされたこと、「人間は窮地に追い込まれると本性が出る」。
    本気で一緒に働いた社内外の仲間と分かち合った苦しみの分だけ、時が過ぎた後の酒が美味い。

もう書き始めたらキリがない。

表の独り言によく登場した新人O(現在は生意気に7年目になっている)はリーマンで発掘した。こいつには本当に世話になった。新卒面接の時、唯一目玉の揺れない奴だったので採用し、メンターとして厳しく指導した。足かけ3社で一緒に仕事をしたけど、オイラの無理難題に振り回されながら、よく頑張った。これからも活躍してほしいと願っている。

2008年9月15日 日本は祝日でした。私は自宅待機が命じられていたので、家で電話を待っていました。チームヘッドから電話が来て「リーマンはチャプター11を申請した。SVP以上はこれから会社に集まってくれ。」祝日の六本木ヒルズ32階、夕日が差し込むフロア。すでに電話が鳴り始めていた。お客様も緊急招集されているのだ。本当に申し訳ないことをしてしまった。謝っても謝りきれない。お客様だけではなく金融市場、世界経済全体に対して本当に取り返しのつかないことをしてしまった。私もこの会社に力を貸していた一人なのだから。

リーマン破綻以降の私の業務上のミッションは、それまでの「若手育成&取引手法啓蒙」に加え「リーマン破綻の罪を償うこと」となった。この2つについては業界を去ってしまった今でも、出来ることを続けていくつもりです。


破たん直後の様子については初期のブログをご覧になっていただければ幸いです。

2014年3月28日金曜日

ZAR強すぎだろ、、、

ZARが(生意気に)強い。というか下で買えなかったので、この表現。所謂負け惜しみ。

逆張りの虫が疼き、ちょっとショートしたくなるのですが、ZARJPYはOffer/BIDコストが大きいのでZARは回避して、代替でAUDJPYを売ったぁ~~!!!

「踏まれた@94.35(現在94.60」

ダレかオイラの逆張り虫を駆除してください。今日はこの辺で不貞寝Orz

2014年3月27日木曜日

第9話 外資系証券会社に紛れ込んだ日の丸特攻隊

ガ、ガイジンがいる、、、ドウシヨウ↓ 上司の上司がガイジンで自分の真後ろに座ってる。でも安心、、、、日本語ペラペ~ラ(笑)この欧州系証券はアットホームな会社で東京支店の人数も200人くらい。所属したJGB営業チームはヘッドを含めて3人。そういう意味で担当先も多いし、大暴れできるフィールドだったから選んだ。

初めての外資系!嬉しかったのは三六協定が適用されないので、いくらでも残業できるし、週末出勤もやり放題。とにかく相場好きだったので、週末も含め、いれるだけ会社のデスクで調べものをしていた。本当に至福の時間だった。

そして初めての経験=接待。日系に比べると営業経費が大きい。だから仲良くなったお客さんとはよく飲みに行った。今まで行ったことのないような美味いものも喰った。でもね、やっぱり楽しかったのは、お客さんに色々教えていただくことだった。

昼も夜も週末も、狂ったように働いた。学歴なんか関係ない、十分なフィールドを与えてもらって、大好きなことをやって、結果が出れば評価(=ボーナス)してもらえる。こんな恵まれた職場環境ないですよね。

でもね、1回ケンカしたんだ、この会社で。しかも日本語の喋れないガイジンと(笑) 明らかにオイラの仕事を馬鹿にしたメールを送ってきたのでさすがにカチンと来た。でも英語が喋れないので、上司に相談したら、「さすがにこれはひど過ぎる、、、ちょっと相談するよ。」と言って上司の上司のところに行った。

結局このガイジンはそのまた上司に叱られて、オイラのところに謝りに来た。「  I’m very sorry. I have to apologize you…..」まで聞こえたが、その後、いろいろ喋ってたことはチンプンカンプン。腹が立っていたので、とりあえず無表情で聞き続けて、最後に「OK, Let’s build a good team together from now.」とだけ言って握手。

泣き寝入りはしない。売られたケンカは買う。なめられたらアカン。だってオイラは会社のために、一生懸命働いてるんだから。

1年ほど頑張ってチームのマーケットシェアが3%(ちなみにこの業界のトップシェアは14-15%で、外資系のトップは6%くらい)くらいまで向上した。入社したとき1%未満だったことを勘案すると大進歩!もともとチームワークが良かったので、デスクの雰囲気もどんどん良くなった。かかし、そこに激震が襲う、、、、

「来月くらいにお前のいる部門は閉鎖になるから」By 副社長

当時、この副社長になぜか気に入られて、よく飲みに連れて行ってもらった。その席で、「おれはお前が好きだから言うんだけど、お前の部門は間もなく閉鎖されるから。だからどこか他の証券会社から声がかかってるんだったら、早めに移籍した方がいい。なんでか分かるか?お前さんのチームがクローズになるだろ、そうするとマーケットに求職者が溢れるだろ、そうなると入れる会社にも入れなくなっちゃうのよ。。。」

「え~~~~っ、また~~~~!!!」前職(国内系証券)と合わせて連続被弾↓。仕事が楽しくなってくるとコレなんだな(笑)

実はこの時、米系証券会社に誘われていた。押しの強い日本人ヘッドが、新しく作り始めたデスクだった。このブログに実名で出てくる唯一の所属企業だから今回も書きます。リーマンブラザーズ証券です。

第10話はリーマンブラザーズ証券 =サラリーマンとしての青春時代=です。

おっととと、初めての外資系でのまとめ。よく就職活動中の学生さんに「日系と外資系どちらがいいですか?」という主旨の質問を頂戴します。個人的な意見を求められると、オイラにとっては外資系の方が肌にあってますと回答してました。理由、①組織が日系対比では小さい=業務範囲が広い(←増やそうと思えばいくらでも増やせる)、②業務判断は(基本的に)速い。③リーマンショック以降マイルドになったとはいえ、業績給比率は日系より大きい。④解雇制度がある緊張感、などなど。


個人的なスペックについても触れておきますね。都市銀行の最後の仕事でOSWINDOWS98にバージョンアップしたオイラでしたが、OS,CPUとも特段変化なし。

ただし証券会社における債券営業の業務範囲は都市銀行ディーラー時代の業務範囲よりも広範だった。特に外資系証券における営業の仕事はセールスだけではなく、コーディネーターとしての能力が問われる。お客様が必要としている情報、取引ニーズ(いずれも顕在、潜在を含む)を最大限充足させるのは独力だけでは無理。そこで所属証券会社のもてるリソースをフル活用してお客様にご提供する。そんなコーディネート(アレンジ)能力を自然と身についた。

しかしこのコーディネート能力、、、、、お客様のニーズを発掘する能力は身についたものの、その先のアレンジは結局他力本願、、、、そういう意味で今回も新型CPUターボを搭載して暴走してしまった感じです。う~ん、、、なかなか成長しないな~、時すでにサラリーマン12年目の夏。

横浜FC 4位快走中!!!


これは春の珍事ではない。開幕から2戦連続引き分けで微妙なスタートを切った我が横浜FCでしたが、第3節&4節を連勝し、現在2勝2分けの第4位!!!

これを春の珍事で終わらせてはいけない。たしか数年前にも同じようなことがあった。あのときオイラははしゃぎ過ぎた。高笑いするのはぐっと我慢して、チームのさらなる飛躍を期待しております。

かか~し、我らがカズ。オフシーズンの怪我が治らず未だベンチ入りもなしOrz さびしい限りである。今期の横浜FCは新加入メンバーが多く、このままでは新布陣でのスタメンが確定してしまう。スーパーサブでもいいので、早くベンチ入りして欲しい。

J2と言えば、今回からチームの若返りを試みる東京ベルディ。元日本代表FW高原が事実上戦力外状態となり開幕からスタメン入りせず。そして、な、な、なんと、、、J3相模原に電撃移籍!

報酬はピーク時の20分の1以下だが出場機会を求めるという高原、、、かっこいいぜぇ~。磐田時代の日本人離れした動きを取り戻すのは無理かもしれないが、まだまだやれる35歳!!!これでJ3からも目が離せませんね。初代J3得点王とか獲得したらカッコいいね。

J2に話を戻すと、JFLから昇格した初年度にあたる昨年、いきなり結果を残した松本山雅とVファーレン長崎。やはり地道なチーム作りは本物だ。今期もここまで松本2位、長崎9位と善戦中。今期もJ2が熱い!

株&FX 直近のパフォーマンス

当面レンジワークと決め込んで四苦八苦しながらレンジトレードを実施していた225先物でしたが、本日後場の上昇で全てオフセットしました!!!

気になるパフォーマンスについてですが、2月からトレードを開始して、最初の1週間で7万円くらいのプラス。その後一進一退を繰り返しながら3週目に+15万円くらいまで行きました。かかし、、、その後、上で買って、下で売ってのバラマキディールで、あっという間にゼロ近辺まで墜落Orz、、、

かかしここ2週間の回転が功を奏し+22万円まで持ってくることが出来ました!!!エヘン!

一方、その間ナンピンを続けた現物株が▲21万円。。。世の中上手く出来ている。やらないよりはましか???

3月の駆け込み消費がハンパじゃなかった様に感じているので、4月以降は「消費冷え込み」という文字がメディアに踊りそう。景気の【気】は【気分】の【気】 買いはちょっと慎重スタンスで望みたいと思います。

FXのパフォーマンスは内緒だけど、ランド上昇の第一陣を取れたのがデカかった!!!ただし第二陣はまったくとれなかったOrz、、、うまくいかないね。

2014年3月26日水曜日

第8話 国内系証券会社 債券営業デビュー!

在籍していた都市銀行のディーリングチームメンバーに「宇宙戦艦ヤマトのテーマ(←2次会カラオケの最後の曲はいつもコレ)」で涙&鼻水グチャグチャになりながら送り出され、とうとうキタ~~、証券会社!!!そして初めての営業職!

オイラにはミッションがあるんだ、送り出してくれた人たちに報いるためにも初日からガンガンやるんだ!!かなり気負って乱入したのですが、「あれ~、なんか静かだよ?証券会社って、もっと立ち上がって、怒鳴ってるんじゃないの???」 それは昔の時代みたいで現在は大声で取引してる人はかなり少ない(それでもオイラは最後まで大声でやってたけどね・笑)。

仕事は見ること聞くこと新しい!債券業務における銀行と証券の大きな違いは、顧客向けのマーケットメイク業務。銀行はマーケットメイク機能を持てないので、債券市場の他の投資家が何をやっているのか直接見ることは出来ない。しかし証券会社はマーケットメイクが生業なので当然色々なフローが見える。

営業マンとして様々な投資家さんを担当して、毎日夢中になって勉強した。債券の営業経験はなかったので、営業トークは①自分の相場観をぶつける、②自分なりの分析、情報をお届けする、③独り言をメールする。この3つしかなかった。

余談だが、「独り言」は1999年くらいからスタートしました。当初は自分の相場観を語る(=ポジショントーク)ツールでしたが、この時初めてお客様への情報提供ツールとしての機能が加わります。

債券営業の基礎をまったく知らないので、お客様にとっては珍しいタイプの営業だったようだ。それでも一部の(物好きな)お客様から可愛がっていただき、時々JGBのお引き合いなんかを頂戴して嬉しかった。

結局円金利営業を11年近くやったが、最後までこの営業スタイルを貫き通した。そういう意味で営業っぽさの薄いセールスだったと思う。相場好きにファンドマネジャーも営業も関係ないというのが信念で、極端に言えば顧客>証券という考え方に否定的だった。

当然お客様には心から感謝していたし、お客様のニーズにあったサービスを最大限提供することを第一に考えていた。でも「顧客第一主義」と「お客様は業者よりエライ」というのはまったく違う。だってこの関係ってパートナーであるべきでしょ。対価の支払いのタイミングにずれはあっても、お互いに対価を受け取っているわけですから。この話題になるといらん事を言いそうなのでこの辺にしておこう(笑)

この時初めて担当させていただき、証券業を卒業するまでお付き合いいただいた方が沢山います。そういう方々とは本当に気持ちよく仕事をさせていただきました。そして沢山のことを教えていただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。

それでですね、ようやく本題に戻るのですが、話は駆け足で進むのです、、、なぜ駆け足かって???この証券会社が、それまで在籍した都市銀行の子会社証券に営業譲渡になっちゃうのです。しかも移籍からたったの8か月で(笑) 出戻り扱いになるオイラには戻る場所がなく、結局外部に次のチャンスを探すことになります。ブ~メラン、ブ~メラン、ブ~メラン、ブーメラン By ひでき、 若者は知るまい(笑)

営業を勉強してディーラーに戻ることを希望していた訳ですが、どの証券会社もカスタマーディーラー経験のないオイラをディーラーとしては雇ってくれません。そこでディーラーとしての夢を諦め、JGB営業として就職活動を開始することに。あっさり諦めたように見えますが、営業をやってみて、相場好きに営業もディーラーも関係ないと悟ったのです。加えて、オイラ、ディーラーとしては屁タレだったので、ディーラーに戻ってたら長続きしてなかっただろうな。

この転職活動時に嬉しかったのは、外部懇親会で知り合った方々がいろんな証券会社を紹介してくれたこと。外資系を含む8社の証券会社と面談(=前回同様、オイラに何をさせてくれるの???というフィールド調査)し、英語も喋れないのに欧州系の証券会社への移籍を決めた。

「オイラが外資系?」大学を卒業するとき考えたこともなかった。紹介してくれた沢山の人たちは「英語なんてできなくても、オマエなら絶対やれる。」と根拠のないリコメンドをしてくれた。この励ましにおされて外資系を選んだのですが、この人たちもオイラがここまで英語を喋れないとは思わなかったのだろう(笑)

たったの8か月だったけど、最初の証券会社で身に着けたことは視座を変えるという技術。同じ市場(円金利市場)を都市銀行と証券会社という違う主体から見たら、それぞれのサイドから見たものとは別次元の発想ができるようになった。これに加え、様々な投資家の視座も営業トークを通じて学ぶことが出来た。能動的に視座を変えると、いろいろなアイデアが浮かんでくる。都市銀行に残っていたら、(少なくともこのタイミングでは)この技術は身につかなかったと思う。同じプロダクトを異業態(銀行VS証券)、異職種(ディーラーVS営業)から取り扱うという経験に恵まれて偶然身についた副産物である。

そこでボンヤリと浮かび始めたのが、証券人生のゴールに向けて追及し続けた【OneBook構想】。それはまた後日お話しますね。


9話は外資系証券会社に紛れ込んだ日の丸特攻隊です。

2014年3月25日火曜日

第7話 証券業界への移籍 =外の海が見たい=

とにかく知りたがりだったオイラは、ペイペイのくせに業者間の懇親会や情報交換会によく顔をだした。その中でとりわけ刺激だったのが債券牛熊会だった。銀行、信託、生保、損保、投信投資顧問、証券会社からディーラー、ファンドマネージャー、ストラテジスト、エコノミストなどなど毎回50人以上が参加する懇親会。まわりはシニアな方ばかりでオイラは当然ダントツの最年少。それでも主宰者の方に直談判して参加させていただいていた。

だからと言って懇親会で小さくなっていては意味がない。とにかく沢山の方とよく話しをした。思い起こせば、こんな小僧の戯言をよく聞いていただいたと思う。そして私にとって耳新しい話(というか私は知らないことだらけ・笑)を一生懸命教えてくれた。

当時のマーケットのシニアは若手を育てるのに熱心な方が多かった。例えば、商業銀行部門でライバル関係にあるA銀行とB銀行という立場でも、マーケット部門の方はお互いの若手の教育に手を抜かなかった。多くの方が東京市場の未来を担う人材育成が急務と考えていたのだと思う。

この場で学んだことは本当にプラスになった。だから私の証券業界における晩年のミッションのひとつは、次世代を担う若手育成と取引手法の啓蒙となった。

ちょっと脱線しましたが、このような活動を通じて自分の世界観(相場観)が非常に狭いということに気付かされた。そして債券ディーラーとして視野を広げ、腕を上げるために大海に出る必要性を感じるようになった。

市場部門以外で働く同期には、「本店に異動して好きな仕事をやらせてもらって、順風満帆じゃないか。辞めるのはもったいない。」きまってこう言われた。ただしこの「もったいない」という言葉の意味が響かなかった。

彼らが言いたかったのは、「銀行員として上手くいっているのにもったいない。(=普通にやってればそこそこ昇格できるじゃないか)」ということなのです。しかし私のキャリア観は「仕事」>「出世」だった。ここでいう「仕事」にはたくさんの意味があって、①自分のミッション、②所属する会社のミッション、③それを実現できる業務上の権限(←この場合は業務範囲に近い)。

極端に言えば、好きでもない仕事をして役員になるくらいだったら、好きな仕事をして一生ヒラの方がいいと考えていた。もっともこの考え方は晩年、多少オトナな考え方になるんですけどね。。。(大手金融機関において一定の職務権限がなければ、ミッションを遂行することなんか出来ない)

当時のオイラのミッションは2つ、①ディーラーとしての経験値をあげる、②東京金融市場を振り回した投機資金筋に一泡吹かせてやる(日本人の底力を見せてやる)。この①を実現するために、証券会社のJGB営業担当となり、様々な投資家の投資手法を学ばせてもらう。そして理論武装を図ったうえで、再度ディーラーとして戦う。こんなキャリアパスを望むようになった。

非常に虫のいいキャリアパスだ(笑)しかしこんな夢みたいなプランを温めていた矢先、、懇親会で知り合った某証券会社のシニアストラテジストから「うちの会社に来ないか?最初にJGB営業をやって結果が認められれば、その後ディーラーをやることも出来ると思う。」と信じられないお誘いが来た!

サラリーマン10年目、最初の転機だった。希望していたポストとは言え、お世話になった次長(当時)、チームの同僚を裏切るようなことをしていいのか?

悩んだ挙句、その証券会社の面接を受け、話を聞いてみることにした。面接では様々な質問をされたが、毎回面接の後半は(当方からの)質問攻めになっていたような気がする。とにかく証券会社で、自分に何ができるのか?何をさせてもらえるのか?どれだけ仕事していいのか?自分のミッションを遂行する上で適切な場所なのか調査することに努めた。こんなことばかり聞いていたので、ある役員の面接のとき、「あまり一生懸命やりすぎると、周りからやっかみの目で見られるかもしれないよ。うちは都銀と違ってそんなにガツガツしてないからね。ほどほどにね。」と釘をさされた。生意気な小僧に見えたのだろう。

面接はトントン拍子で進み内定をいただく。沢山の方にお会いした結果、ここで証券マンとして第一歩を踏み出すことは自分にとってプラスになるという判断も出来た。でも、次長(当時)になんて言おう。。。内定が嬉しかった反面、クヨクヨして田園都市線に乗り込んだのをよく覚えている。

翌日次長(当時)に「お話ししたいことがありますので、別室にお願いできませんか?」と申し出る。応接室にて「実は退職して○○証券に行きたいと思います。ディーラーとしてのキャリアアップのため、自分なりに決断しました。本当に申し訳ございません。」と言うと、次長(当時)は私の目をじっと見てしばらく沈黙。そして「お前のことだから止めても無駄なんだな。これから部長と人事に話をする。」と引き取った。


肉親を殴ったような嫌な気分だった。5年半もの間、ディーリングもヘタで、ヘマばかりしている私をかばい、手塩にかけて育ててきたにもかかわらずこの裏切り行為。それでも次長(当時)からは一言の叱責もなかった。私の性格、思考をすべて理解し受け止めてくれたのだ。そして当方の退職願は受理され、Varショック(20037月)の最中、宇宙戦艦ヤマトのテーマに見送られ、証券業界へ出陣する。


2014年3月23日日曜日

インターネットリテラシー的な、、、

ご存じのとおりローテク人間です。

かかし4月からスタートする新しい生活に合わせてノートパソコンを購入しました。これまで、WINDOWSのSURFACE PROを使用していたのですが、バッテリーがあまりにも小さく外出先で一日使うことができません。この商品、、、外付けバッテリーがまだ日本では発売されていないのに加え、発売されてもメーカー発表の耐久時間は6時間半程度と冴えない。

ということでSURFACEは下取りに出しすことが決定し、今回はVAIO DUO13を購入!この端末のスペックはSURFACE PROと同等なんですが、なんてったてバッテリーが内蔵バッテリーだけで18.5時間と現役最長!! 重さも13型(SURFACEは11型)ながらSURFACEよりちょい重いくらい。おまけに薄いので鞄に入れやすい!!!

と買ったばかりなのでべた褒め(笑)  かかし、、、そんなことを書きたかったわけではない。

SURFACE時代から使っていた某通信会社のポケットWIFIでトラブル発生。PC購入後の初期設定でWINDOWS、VAIOのアップデートなんかをやってたのですが、3日間の使用量上限を突き抜けてしまい、すべてのJOBがスタック!

通信会社に「追加料金を払うのでなんとかならんのかね???」と聞くと、「はい現状、当社に出来る対応といたしましては、3日お待ちいただくしか方法がございません。」 んっ???

勘のいい方はもう分かりましたね。晴れて3日経って同じジョブを走らせたとたん、またこのポケットWIFIはスタックする(はず)なのです。だって同じ容量のダウンロードをするのですから。

オイラ「では新しいPCの初期設定にあたり、御社のポケットWIFIは使えないということですね?」
オペレーター「そうだす」
オイラ「オイラは無線LANもルーターも持っていないので、このままでは初期設定が出来ません。どうすればいいのでしょうか?月間の使用量上限は超えていないのですから、なんとかテンプの枠増とかできないんですか?」
オペレーター「そういわれても当社ではどうすることも出来ません。申し訳ありません。」

どーどー巡りだ。もうこの辺でロスカットOrz

仕方なく購入した家電量販店に電話すると、スタッフ「あ~、それ結構あるんですよね~。そういう場合、みなさん公衆WIFIを提供してるカフェとか駅でやってるらしいですよ!」とナイスアドバイス!!

正直外出先のWIFIででかい容量のジョブを走らせたことはなかったので怖々スタバで接続すると、ナントサクサク進む!!!すっかり初期設定&カスタマイズが終わって、現在独り言執筆中!!!

かかしポケットWIFIマジで使えない・怒

この2か月生活インフラの見直しで沢山のコールセンターに接触した。秀逸だったのはAMAZONだった。

評価ポイント
・ 依頼をして1秒で電話がかかってくる。
・ 出来ることと出来ないことの説明がクリア。
・ とにかくテキパキしていて丁寧。

それ以外は正直ドングリ~ズです↓
・ 音声ナビダイヤルで振り分けていくのはやっぱり失礼だよ。
・ 音声ナビのスピード調節機能つけてくれないかな?
・ マニュアルをしっかり作りすぎでオペレーターにトークの自由度がない。
・ 問い合わせの需要予測が甘い(もっとビックデータを活用せい)
・ そもそも社会人として失格な人も多い、「申し訳ございません、担当部署ではないもので誤った回答を、、、」

ん~~、書いててイライラしてきたからこの辺にしよう。企業イメージって本当に簡単に壊れてしまうので、日本企業にはカスタマーサービス、サポートの見直しを切にお願いしたいところです。

第6話 都市銀行JGBディーラー時代 =合併業務編=

1999820日の引け後、当時短期国債ディーラー(=所謂、丁稚)だったオイラはいつものように資金繰り確認、勘定の締め、係数表作成などに没頭していた。すると目の前の市場系端末(QUICKだったと思う)に驚愕のフラッシュニュース、、、「○○銀行合併へ!」って、これオイラの会社じゃないか~~(驚!)

目が飛び出るほどビックリした。都銀の合併は1990年代前半からあったのでそれほどサプライズではないのでしょうが、まさか自分のいる会社がなんの前触れもなしに合併するなんて。当然社内には事前のアナウンスなんかなく、それこそバケツをひっくり返したような大騒ぎ。

ほどなくして電話がなった。相手はいつも情報交換をさせてもらっていた別の銀行の同期。「よろしくね、これから一緒に仕事できるね。」なんか嬉しかった。お互いに駆け出しだったけど、いつも真剣に話していた。今日の相場がどうなるか、明日は、来月は、半年後は、、、自分なりの相場観を組み立ててはお互いにぶつけ、修正してまたぶつける。そんな本気の付き合いをしていたから一緒に働けることが嬉しかったのだと思う。

「でも本当にどうなるんだろうね?」当時6年目のペイペイが分かるはずがない(笑)それでも激論を交わした記憶が懐かしくよみがえる。

ほどなくして持ち株会社が発足し、合併後の新銀行が2002年4月に設立されることが決定される。当方は20014月からディーリングの傍ら「統合準備ワーキンググループ」の末端(=ここでも所謂、丁稚)として、新組織の業務フロー策定とディーリングシステム策定の主管者に命ぜられる。

そんなバナナ、、、オイラはどっぷりディーリングしたいのに~~。本人の気持ちとはよそに、これは次長(当時)の温情だったのだ。ディーラーとしての実績が芳しくなかったオイラにはサラリーマンとしての勲章がない。そこで統合業務を任せて箔をつけようとしてくれたのだ。(そうだ、きっとそうだったに違いない。)

かかし統合業務は激務だった。まったく違う会社がひとつになる。しかも吸収合併ではなく対等合併。それぞれの銀行が一子相伝の業務フローをもっており、そのいいとこどりをしながら新しいものを生み出す。これって職人芸!

まずはディーリングに付随する沢山のシステム、組織図、業務フローなどを持ち寄り現状把握。そして新しい組織のマッピングを開始する。バック、ミドル、フロント沢山の関係者が複雑に絡み合い調整するのが本当に大変だった。

当時田園都市線の荏田近辺に住んでいたオイラは毎晩終電、家でも仕事、週末も仕事、朝は普通に出社@730分。生まれて初めて10円ハゲが出来た(合併からほどなくして治った・笑)

1年間の激務を経て新銀行の新組織が誕生した。新しいディーリング部門が初日から問題なく取引出来たときは、涙がでるほど嬉しかったものだ。この統合業務でオイラは社会人として初めて本質的なスペックが上がった。それはタテ・ヨコ・ナナメの調整能力だ。もっともこの進化はOSがウィンドウズ95から98になったくらいのバージョンアップでしたが(笑) 社会人8年目にして、ようやくはじめの一歩である、、、遅すぎOrz

統合業務をやっていなかったら、オイラは新銀行発足後まもなく異動させられていたのだと思う。そういう意味でマーケット業務を続けることができたのは、やはり次長(当時)のおかげなのだ。そんなこんなで(何度も言いますが)、私はこの方に足を向けて寝れない。

第7話 証券業界への移籍 =外の海が見たい=では、なぜ都市銀行を退職し証券会社に飛び込んだのかをお話ししたいと思います。

2014年3月21日金曜日

イエレンの不意打ち

「そ~ね~、半年くらいかしら。」

普段の生活でこの言葉がインパクトをもつことはあまりないですよね。ただしFRB総裁が利上げの時期を聞かれてこんなことを言ったらイールドカーブがボッキリ折れてしまいます。

当然マーケットのプロ達はこれが失言であることを理解しているし、総合判断で利上げが実施されることもよく分かっている。かか~し、それはそれ、これはこれ。手元になんらかのポジションがあれば、「利上げ時期が早まるとすればこのポジションはヤバいんじゃね???」という焦りは生じるわけで、ここまでのプライスアクションが生じました。

もっとも、イニシャルのプライスアクションから逸脱するトレンドが生まれているものはあまりなく、市場は冷静な反応をしているなと、、、

日本株は弱いな~~、外人投資家の売り越しも目立ってますね。しかし3月末に向けて下がっていくのであれば配当目当ての押し目買いを現物株に、、、と素人発想しております。良いチャンスが来るのでしょうか?配当落ちは3月27日(水)ですね、今回は日程を間違えないように気を付けよう(笑)

なおポジションは、一昨日14530で売れた分を14160で入れ直し。その後14200-14250内で細かい日ばかりを実施して新規の仕入れコストを14080に出来ました!ようやくイスタンブールで仕込んだヘッポコロングの簿価がマーケット水準まで下がりました。メデタシメデタシ。

2014年3月20日木曜日

消費税駆け込み需要


オイラの駆け込み需要総額について

・ コンタクトレンズ1年分 4万円
・ タバコ10カートン 4.1万円
・ タブレットPC(予定) 13万円
・ 子供の学習机 8万円
・ サックスのリード(消耗品) 1.5万円

これだけ見ても結構駆け込んでるな。みなさんはどうですか?4月以降、①反動減の影響度合い、②CtoCビジネスの盛り上がり、なんかに注目しています。

ポジション


FOMCのスケジュールを勘違いしていました。今晩なんですね、、、こんなミスは現役だったら許されないですOrz そもそも現在もチマチマしたポジションをとってるのにこの体たらく、、、猛省。

本日は東京時間に株先が急騰したところでイスタンブールで作ったレベル感ロングの半分を利食い。上手く売れた分、明日下がれば買い直し、14700円Upperまでトライすれば売り&ドテンショート狙い。当面はレンジムーブを想定しております。

FXはポジションはまったく変化なくドルショート、ユーロショート。ZARはなかなか下がらないのでそろそろ痺れが来てますが9.35円からの買い下がり方針に変更なし。

4月に入ると忙しくなる(予定)ので、こんなにバタバタポジションを動かせなくなります。徐々に短期ディーリング癖のついた頭を中長期投資脳に変えて行かないといけません。

そういえば昔、自分の相場思考回路を【円債脳】とか言ってたな(笑) 退職から2か月が経過しましたが、思考回路はかなり変化してきました。退化でないことを祈りますが。。。

第5話 都市銀行JGBディーラー時代 =ディーラー編=

銀行員5年目の4月、オイラは本店資金証券営業部に異動した。この部署は円貨債券運用、資金調達(当時の都市銀行はどこも資金調達サイドだった)、商品勘定(自己ディーリング)、市場系カスタマー業務などをメインにやっているところだ。

本店のマーケット部門、、、支店とはまったく違う世界にドキドキしながら初日を迎えた。最初に配属されたのはユーロ円金利先物受託チーム(=先物のブローキング)だった。

全てが新しい!9時前に時報がなる、、、「ナニヤッテンダ?」とキョロキョロしていると、9時JUST一斉に【カチャッ】と端末を叩いている。その直後に画面を睨む人、歓声を上げる人、怒っている人、、、、、う~む、意味が分からない。しかしこの緊張感、ナンカイイね!これがオイラのマーケットに対する第一印象だった。

後日談として言える事ですがマーケットとゴルフって似ているところがあって、①プロセスは大事だけど結果が全て、②周辺情報、環境、メンタルを加味して判断を下す、③失敗したときほど冷静になる必要がある。ゴルファーはよく「ゴルフは性格が出るからね。」と言いますが、マーケットも同じだと思う。こんな共通項があったから馴染めたし、好きになったのだと思う。

で、、、元に戻りますと、転勤当初は見るもの聞くもの全てがまったく分からなかった。マーケット知識、経済知識、資金の流れ、英語、仕事の流れ、、、覚えることが半端なく多い。最初の半年くらいは平均睡眠時間3時間くらいで死ぬ気で勉強した。それでも大したことなかったと思うが、、、Orz

1年ほど経過して短期国債ディーラー兼商品勘定の資金繰り担当になる。この時代からディーラー見習いとして、リスクの小さなポジションをとらせていただいた。

結論から言うとオイラは本当にヘタクソディーラーだった。短期国債ディーラーのあと円金利ディーラーとしてデビューするわけですが、3期連続でマイナス(=実損)でしたから。。。普通2期連続マイナスであれば、ディーラーの適正なしという判断で配置換えになるもの。しかしオイラの相場好きを見込んだ次長(当時)の温情で使い続けていただき、4期目にようやくプラス転換。この方には今でもまったく頭が上がらない。

相場仕事の醍醐味は毎日新しい材料があり、その度に学習すること。それが知識として蓄積されいずれ英知となる。新しいもの好きのオイラにとっては毎日が興奮の連続で、会社に行くのが楽しくて仕方なかった。とりわけ刺激的だったのは、同僚、社外の方々と電話で相場観を戦わせる作業。いろんな相場の見方に触れさせていただき、自分の不勉強を反省すると同時に「いずれ大海に出てみたい」という知的好奇心が芽生えるようになる。

ただし、この辺でもう一度オイラのスペックを思い出してください。新型I-Pob(アイポッブ!)だったオイラはここでも表面的な材料を広く浅く学習することに留まってしまい、本質を身につける努力をしなかったのです。厳密に言えば、本質を勉強しなければいけないことを理解しつつ、表面の情報を大量に得る方がディーラーにとってはプラスになると考えていたのです。

中長期的な投資というよりは短期的なディーリングを生業としていたので、それで事足りてしまったのです。ここでもCPUターボを大車輪のように回転させ、貧弱な「CPU+OS(=オイラの基本性能)」にAS(アプリケーションソフト)を沢山後付けしてしまったのです。イメージとしては細い幹に大量の葉っぱをつけて、図体だけ大きく見せた張りぼての木。

こんな最中に金融システム不安が盛り上がり、国内銀行の株価が全面的に急落。とうとう勤めていた都銀も合併の道を選択することとなる。もっとも今となっては当時と同じ名前でやっている金融機関はほとんどありませんが。。。第6話は都市銀行JGBディーラー時代=合併業務編=に突入します。

2014年3月19日水曜日

第4話 都市銀行支店時代 =後半=

CPUターボ搭載で見かけ上のスペックが上がったオイラは融資審査から営業マンに係り替え!担当先を沢山抱えて、日々業績向上のため自転車で走る、走る!

余談だがこの頃、同じエリアの別の銀行に勤めていた池井戸潤さん(『半沢直樹』の筆者)と担当先が重なっていた。そこの生粋の技術屋社長(当時72歳くらいだった)が私達2人を大変可愛がってくれて、社長を通して池井戸さんとご挨拶をさせていただいたのはオイラの自慢話のひとつなのでR!!!(池井戸さんはその社長のことはよく覚えていても、オイラのことは絶対覚えてないだろうけどね)

で、、、くどくなるけど、もう一度説明しておくと、、、この時のオイラには銀行員として必要とされる本質的なスペックが備わっていない。いわば見せかけの最新バージョン!!!どっかの国が作った【I-Pob】みたいなもん(笑)

営業マンの業績管理項目は盛りだくさんで、新規融資、外為、パソコンバンキング、カード、富裕層取引、定期、流動性、保証協会融資、為替、その他にも業務効率化関連なんかもあった。どれもこれも新しいことばかり。

でもその時のオイラは新しい仕事(=アプリケーションソフト 以下AS)を処理するにも、更にCPUターボを積めばなんとかなると思っていた。そしてその通りに行動した。当時の格言、「仕事なんかどんな増えても大丈夫。2倍になったら2倍速く動かせばそれだけでいいんだ。」 本質を理解していない若造の戯言でした。

その時に搭載してしまった新型CPUターボは『ジョブを自走させる』という概念です。仕事には「自分で行動しなければいけないもの」と「他の人にやってもらえるもの」がある。それを支店内の他の人というよりも、お客様にお願いするようになったのです。当然押し付けではなく結果的に顧客が満足するGIVE&TAKEで。

念のため言っておきますが悪いことをやってた訳ではないですよ(笑) でも仕事を簡略化して進めていく悪知恵が身についてしまったのです。

しかしこの手法でマルチヒットが続き、営業マンになって半年後には首位打者になってしまった。これが将来的に自分の伸びシロを狭める要因の一つになってしまったと反省している。しかし当時の私は、この業績が自分の本来能力によるものだと過信してしまったOrz

支店には丸4年いた。同期270人の中で一番長い在籍期間だった。調子にのった若造は、「私は大きな仕事をやってみたいので本店営業部に異動したい。」と生意気な希望を言うようになっていた。しかし当時お仕えした支店長に「オマエの性格はマーケット向きだ。営業部ではなく資金証券営業部に異動を命じる。まったく違う世界だと思うけど大暴れして来い。」と穴を叩かれて大手町に出陣!

この支店長には本当によくしていただき仲人までとっていただいた。今でもお付き合いを頂戴している。この方のご判断がなければ、私がマーケットと出会う事は100%なかった。だって、銀行にディーリングセクションがあるなんてこと知らなかったんだから(笑)

2014年3月17日月曜日

制裁ってそれだけ??すごろくじゃあるまいし。。。

多分、これが第一弾なんだと思いたいのですが先ほど発動された米国、EUによるロシアのクリミア侵攻に対する制裁は当局関係者個人に対する渡航禁止や資産凍結だけ。

対象になった人たちすでに資金は動かしてるでしょうし(ロシアなんかは国が保有していた米債を売却した観測すらあった)、渡航禁止もそれほど痛手にならない。

これをどうとらえるか?

①すでにロシアVS西側で、「これ以上ウクライナに干渉しない」ことを条件に(ALMOST)手打ちしている。西側は振り上げた拳を形式的に振り下ろした(=肩すかしの制裁)
②上記のようなアコードはなく、明日以降(明日午前も会見予定)のロシア動向を睨み、まずはジャブをいれた(=次は本当にぶつぞという意思表示)
③上記のようなアコードはない。住民投票後に何もアクションを取らないのは対ロシア上尻込みしているように見えるので、まずはジャブをいれた(=次もジャブかもしれない)

時間のみが解決しますが個人的には希望的観測も入れて、

①>③>② と見ております。

仮に①だったとしても(ALMOST)が反故にされることがありますからね、またどう転ぶか分かりません。よってこの手の材料に対しては全て逆張り。現在は平均コスト14475円のロングをHOLDし、利食いオファーは14650円としております。

本日は先物は買えませんでしたが、ここもと買い下がっている現物株をナンピン買いしました(笑)


第3話 都市銀行支店時代 =前半=

1994年4月に某都市銀行の都内私鉄沿線の支店に配属となった。

初日に支店での挨拶をすませるとそのまま研修センターに強制送還⇒2週間の研修(=軍人教育=ビジネスソルジャー)。まずここでびっくりした。周りの奴らが優秀というか勉強が出来る感じで正直馴染めない(笑) 他校の体育会出身者とつるんで毎晩大騒ぎするときだけは目立っていたが、研修になると大抵小さくなっていた。

その勉強の出来る感じの奴らがたいていJR沿線の主要店舗に配属されているのを見て、「やはりこういう世界なんだ。」と初めて気づく。そんな奴らとも毎晩飲んで、最後は涙で全国に散る。正直いい奴らばかりだったが、その時気付かなければいけなかったことは、「こいつらはいい奴らだ!」ということではなく、「本質的に勉強が出来て、なおかついい奴らだ!」ということ。

ここで言う「勉強が出来る」というのは、前述のパソコン的な表現でいうと、OS(オペレーティングソフト)が優秀という感覚。CPU(処理能力)では互角と思ったし、メモリ(記憶力)ならば勝てると思っていた。

かかし、銀行の支店業務ではOSの優秀さが大切だった。銀行社会は得点主義と減点主義両方を重視する。支店はどちらかと言うと減点主義の方が大きいかもしれない。取り扱う商品がお金だから間違いがあってはいけない。よって新入行員に求められるプライオリティーは①正確性、②迅速性、③ストレス耐性という感じ。

ちなみにオイラのそれまでの人生は①ストレス耐性、②迅速性、③正確性だったので真逆である。

最初の1年間は大過なく過ごしたが2年生になって大失敗をしてしまう。

2年目になると若手も担当先を持つ。しかし業務は上司、先輩からの頼まれごとに加え、支店全体の雑用、リクルーターなんかもあってテンコ盛り。当時はパソコンなんかないから資金繰り表を作るだけでも電卓、鉛筆、消しゴムの大回転だった。

OS性能の低いオイラは仕事が回らず、他の支店の同期達に相談すると、「自分が仕事をいっぱい抱えているときは理由を言って断るよ」、「そういう時は先輩にやってもらうよ」と、今考えれば当たり前のアドバイスをしてくれたのだが、当時のオイラはそれが出来なかった。

「来るもの(=仕事)は拒まず」「苦労は買ってでもしろ」という、ゴルフ部で身に着けた「努力に勝る天才はなし」を地で行く人間になってしまっていた。1000本ノックには1000本打ち返す心構えで戦っていた。しかしある日1本のノックを後逸してしまう。

そして処理できなかったボール(=仕事)を机の中に抱えたまま放置していた時に行内検査が入った。当然検査官にその不備を指摘され、支店の評価が下がってしまった。支店長に怒られ、副支店長にねちっこく言われ、課長に人間以下の扱いをされ、会社に行くのが嫌で嫌で仕方なかった。

それでもそういう時こそ前を向くのが心情だったため、その後も続く熾烈極まりない1000本以上ノック(←パワーアップ)を毎日顔面で受け続ける。それでも絶対に泣き言は言わなかった。それでもなお、この我慢強さが時に、銀行員として致命的なミスを招くということを理解していなかったのだ。

悲惨な状態が半年続いた。支店内での立場は改善しなかった。職場でノック、飲み屋でノック、週末は宿題。。。正直辞めようかと思い、とうとう大学ゴルフOBで私を銀行に誘ってくれた人に相談する。すると「オマエさ、今自分が抱えている仕事をメモとかしてるか?」と言われ、「当然それくらいしてますよ。」と答える。

すると先輩は続けて、「じゃ~お前の一日の仕事を言ってみろよ。」 オイラ「課長の宿題やって、代理の宿題やって、先輩たちのパシリやって、支店の人たちの飲み会企画して、二次会も手配して、自分の担当先の処理もして、集金して、支店の掃除をして、タバコの吸い殻を片付けて、、、、、」とルーティーンを全部言った。

先輩は「あれっ、オマエ、支店でトイレいかないの?昼飯も喰わないの?タバコも1本も吸わないのか?それもこれも含めてすべて1日の【やることリストに書いておけ】」と強く言われた。これが【ガーン】と来たね。あきれたんじゃなくて、「そうかそうすれば良かったんだ!」

すべてメモを書く。終わったら消し込む。だから自分のノートは毎日真っ黒。でも消込線が増えるとジョブが処理された感じがして嬉しい。ジョブの数を減らすのが楽しくなる。そして仕事のプライオリティーの付け方が分かるようになる。

このコツをつかむのに2か月もかからなかった。同時に1000本以上ノックに対して、1000本以上+1本を打ち返せるようになってきた。「なんか仕事あったらやりますよ!」って言うのが気分良かったですね、その時は(笑)

次話は都市銀行支店時代=後半=になるわけですが、後半は一見うまくいっているように見えます。でもここまで読んだ方は理解されていると思いますが、結局オイラは普通のOS(オペレーティングソフト)を搭載したあと、CPUを向上させたのではなく、CPUターボを後付し、強引にジョブを回していただけなんです。これって凄く危険なこと。オイラは今でもこの時にもっと失敗して、本質的なOSとCPUの向上を図るべきだったと後悔している。ようは小手先が(ちょっと)器用になってしまったということ。

CPUターボ: 動画編集などでCPUに処理能力以上の負荷がかかった時に、処理能力を一時的にあげるブースター的なもの。本質的な処理能力ではない。

Jリーグが開幕した!

3週間前に開幕してたんですけどね、まるっきり日本にいなかったのでコメントできませんでした。横浜FCサポーターとしては大失格。その間、浦和レッズサポーターの「Japanese Only事件」なんかもあって、悪い意味で賑やかな日本サッカー界。

今年一番の目玉は最下部プロリーグとなるJ3の発足(これを目玉と言ってるのは当方だけだろう、、、)。中でも注目はU-22Jリーグ選抜。このチームはJリーグ加盟チームのトップチーム未満かつU-22の混成メンバーが週替わりでJ3クラブと対戦するという(めちゃくちゃな)企画。

どんだけ滅茶苦茶かというと北はコンサドーレ札幌、南は琉球FCにいたるまで、全国に散らばっている未来の大器(にならないかもしれない)若者を集めて即興チームを作り、翌日には試合をやらせてしまうというもの。

サッカーは戦略的ゲームであり、監督のゲームプラン、プレーヤーの戦術理解度が調和してこそ美しいスポーツ。それを即席チームでやってしまおうと言うのだからやはりプランとしては理解に苦しむ。

それでもサテライトで出場機会がなくくすぶっている若者を吸い上げるという意味では価値があるのかもしれないという親心で見守っていると、、、、ありましたよキラリと光るオイラの好きそうな未来の大器が!!!

名古屋グランパスのサテライトから派遣されているDFハーフナー・ニッキ(19)。この名前からピンと来る人はJリーグ通!!!そうですハーフナー・ディドの次男であり、兄はハーフナー・マイク(オランダのフィテッセ所属)。

Jリーグ通としては恥ずかしい限りですが、ハーフナーニッキはU-16から日本代表に選ばれ続けている期待の星らしく、現在はU-22Jリーグ選抜のスター的位置づけ。先週の試合で得点も上げているしイエローカードももらっている(笑) あ~これでJ3を見る楽しみがまた増えちゃった~~。週末は時間がいくらあっても足りない。

で、、、肝心のJ3は今季2試合を消化して琉球FCが首位(と言っても2連勝だが)。琉球FCは昨シーズン終盤から監督VS選手間のトラブルがあって、監督および選手の半数以上が入れ替わるという大混乱があった。もはや「屋号は同じだが、まったく違うものを出しているラーメン屋(意味不明)」でも勝てば官軍、立派立派!!!

横浜FCは3戦目にしてようやく初勝利で勝ち点を5として9位につけている。敬愛するわれらがKINGカズはオフに痛めた左足足首がまだ治らずベンチ入りしていない。早く復帰してほしいものだ。

海外両替(ユーロ、チェコクローナ、トルコリラ)

国内銀行にとって現金通貨を扱えるところと扱えない所があるのかもしれないけど、海外拠点を一生懸命拡大していく中で、なんでやらないの???とず~っと思っていたことがある。

両替商。

それも店舗をできるだけ簡素に、出来れば無店舗両替商人(←ま~これは無理だわな多分)。

海外の空港、観光名所、市街地に行くとよく現地人が「両替シマスヨ、レートイイよ~」とか来るでしょ。プライスを聞くと10%以上ぼったくられたりする。それでも土産物屋でもっとぼったくられることを織り込んでいる観光客にとって、「土産物屋で10%値引きさせればいいや」くらいに考えさせてしまうんですね。こういう両替商も商売が成り立っている。

さすがに2月の新興国通過急落で瞬間的に両替商が減ったらしいけどね。レートが動きすぎてお手玉が出来なかったのだとか。

ちょっと脱線したけど、「日本人が日本人向けの良心的なレートで現地通貨を提供してくれる。」 この看板だけで喰えるでしょ。ヘタに現地企業に金を貸すよりも効率的!!!

回転の速い通貨の国は両替マン(営業マン的な)を大量投入して人海戦術。回転の遅めの国は最初は少人数でスタートして徐々に業容拡大!

な~んてクダラナイことを某銀行ATMから現地通貨(チェコクローナ)でお金を引出し、OFFER/BIDコストを5%普通に払わされた時に思った(怒) こういうのをボッタくりと言わずして以下自粛。

グランバザール最終攻撃(値切り) =イスタンブール=

帰国直前、腹をさすりながら最後の攻撃、、、狙いは中東最大の市場であるグランバザール。オイラの値切り術はこんなもんじゃない、世界に見せてやるオイラの話術!!!

注意: 話術と言っても交渉は英語です。でもトルコ人もそんなに英語は上手じゃないです。最後はどちらのボディランゲージが大きく見えるか?ボスざる対決みたいなもんです。

最後の決戦のテーマは『キラキラの置物3点』 アジアに旅行に行くと良く売ってる、象、カメ、ツボ、ランプなどの形をした置物で、金色を貴重にガラス玉があしらえられています。過去最低仕入れ値は3センチくらいの小型カメを300円 at Singapore。

今回の狙いはもっと大物で、ツボ、ランプ + 1点。ケモノの目でアーケードに侵入します。幸いツボとランプは同じものを多数の店が扱ってます。なんてったって4400軒ありますから。

ツボの方が大きくて立派に見えるのでツボの価格調査をすることにしました。最初の店で値段を聞くと60TL(トルコリラ)。次の店は80TL、次の店は65TL、次の店は55TL。『少々バラつきはあるが1stオファーのレンジは分かったぞ。』

セカンドアタック、、、別の店を選び値段を聞き60TL近辺を提示した店に「3個買ったらいくらにする?」と聞いてみる。すると120TL、次は110TL、次も110TL。う~ん、かなり分かって来たぞ、この人たちの値引き方。

そしてラストアタック!!!このツボを扱っていて、流行ってなさそうな店を探索し奇襲をかける!初老の無愛想なオジサン、およそ観光客は寄り付かなそう。今日も売り上げはちょっぴり、母ちゃんにまた叱られる、、、とクヨクヨする閉店20分前!!!アジアのよく分からんオッサン(オイラ)が特攻!!!

オイラ 「コレイクラ?」
オッサン 「55TL」 ⇒(単品オファーでも最安値!期待が持てる)
オイラ 「3つカッタラ、イクラにするアルカ?」
オッサン 「(かなり悩んで)80TL」 ⇒(ほらキタ~最安値!!)
オイラ 「ちょっとだけ考えてくるね。また後で。」
オッサン 「いや、もう閉店だから。今買ってくれよ。」
オイラ 「絶対(笑)戻ってくるから。」 ⇒アーケド脇で時間つぶしのタバコ2本⇒戻る

オイラ 「3個で50TLだったら買うよ。」
オッサン 「それは無理だ。本当に無理だ。もう一つ大きいやつをつけるから55TLで買ってくれ。」
オイラ 「Done!」

うふふふ、本当に55TLで買えてしまったのですよ。当初一個当たり最高値80TLしたものを18.3TLでね。どっかのサイトで書いてあったけど「酷い時は5倍を吹っかけてくる」と言ってたのは本当だった。

帰り際にオッサン、ボソッと、、、「本当に俺の儲けは5TLしかない↓」 よっしゃ~~、

『グランバザールの値切り王、とったどぉぉぉぉぉ~~~!!!』

んっ???前日安値で仕入れたはずのシルクのマフラーはもっと安くなったのでは???う~ん1勝1敗ということで良しとしよう。

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

さ~さすがに寝るぞ!

ボスポラス海峡 =ルメリヒサル=

遅ればせながらイスタンブールで印象的だった観光地をご紹介。

写真はボスポラス海峡沿いにあるルメリヒサルという要塞です。市街地からバスで30分くらいかかりましたが絶景でした!!!急な石段を上るので翌日筋肉痛になりましたが見ごたえ十分!!!こんなに素晴らしい建造物なのに観光客は10人くらい、、、トルコ人に聞くとみんな知ってたけどな(当たり前か?)

どんなとこかご紹介しますと、、、この要塞はオスマン帝国時代のメフメト2世が1452年にたった4か月で作ったのだそうです(念のためこの人が一人で作った訳ではない)。

目的は東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル攻略中の攻撃の拠点とのこと。昔から人間は海運権益で争いばかりしてたんですね。んっ???最近もどっかで聞いたか?

写真のように高台はギザギザになっていて、この隙間からボスポラス海峡を敵軍が通らないか監視してたわけです。そして敵が来ると大砲発射。地上には大砲の陳列も多数ありました。

とにかくボスポラス海峡の眺めがあまりにも素晴らしくて1時間くらい頂上で固まってました。足もつってましたが(汗)

注意: 手すりがありません。風が強いです。正直高所恐怖症の方、体力に自身のない方は上まで行かない方がいいです。


不時着

帰国直前に体調を崩してしまい、帰りのフライトは脂汗をかきながら寝てました。原因は喰いすぎだったようで、あまり喰わないでゆっくり寝たら回復しました(笑)

海外に行くとどうしても土地土地のジャンクフードを喰いたくなってしまい、一日5食を心掛けるのです(爆) ご存じの通り当方は少食、でも食べたい、、、だから毎食少しずつ。でも美味い物が出てくると喰ってしまう訳で、胃がビックリしたんですね。

帰国してメールと郵便の山を処理し、久しぶりに家族との時間を過ごしてゆっくりしてたらもうこんな時間。明日からまた忙しくなります。

クリミア住民投票直後の東京市場が気になるので多分普通に起きてしまうと思いますが、マーケットにかじり過ぎて本分を忘れないようにしないと。

掟 『マーケットを見るのはコーヒーブレイクの時だけ。』

2014年3月15日土曜日

帰国直前に風邪、、

本日の深夜便で帰国するのですが体調が急速に悪化してます。さすがに動きすぎたなと反省中、、、

早めに空港にいってひっくり返ってます。

念のためご報告しますと昨日レベル感でいれた日経のロングはホールドで14000円にナンピンビッド!

ドル&ユーロショートは継続です。ドルが下がるのはいいのですが南アランドが下がらない、、、焦らずに待ちます。

2014年3月14日金曜日

ウクライナ、本当に世界的な混乱の火種なのか?

少ない情報の中、読みかじった記事を総合した雑感ですが、、、

1、そもそも昨年11月の段階で積極的な支援をしなかったEUが今更何言ってるの?
2、EUとロシアは天然ガスの取引で正直なところケンカしたくない。
3、EU的には変なお荷物(ウクライナ)を丸抱えする気持ちはサラサラない。
4、ウクライナの対外貿易赤字のほとんどがEU&ロシアで比率は50:50
5、上記関係を勘案すると米国は蚊帳の外(天然ガス価格を下落させた犯人としてロシアは怒ってるのだろうが)

上記が概観だとすると要人発言で注意すべきは、EU&ロシア>ウクライナ>米国なのでは?

ウクライナが財政、社会保障改革を断行できるかが鍵な訳で、新冷戦とか煽るのはマーケットを動かしたい誰かさん達の思惑なのでは?オーバーウィークエンドはまだスイングすると思うけど、正直この問題がウクライナ以外のステークホルダー要因で大きな動きがあるとは思えない。

なぁなぁのゴールに落とし込まれて、1か月後にはマーケットの人は気にしなくなっているような気がする。

オイラ、楽観的過ぎか???

ぶっ飛ばされてます、、、

ナイトセッションで500円動くか???もはや気絶寸前、、、

明日の深夜便で帰国のため10日間ため続けた汚れた洋服とガラクタを綺麗にパッキングしてました。念のため手荷物の重量を確認したところ何故か、行きは30kgなのに帰りは20kg。同じ航空会社で同じフライト。こんなのあるの???

プラハからここに来るときは21kgだった。しかもプラハ⇒イスタンブール便も20kgと表示されている。ちょっとくらいオーバーしても大丈夫かな~~、、、ガラクタ増えたしな~~。

と仕方なく減量を図る。まずは重くて安いものから、、、100円ショップで買ったウェットティッシュ2個、昨年の夏から使いまくったユニクロのパーカー、ゴムのゆるんだ靴下とパンツ、道中で壊れてしまった変圧器。

そして帰りに着る予定だった服を軽量級のものから重量級のものに変更!これで2キロくらいは減量しただろう。これでダメだったら読み終わった本達を捨てればなんとかなる!!!

さ~荷物も積めたので、不夜城に夕飯を喰いに行ってきます!

明日出発と言っても明日の深夜1時発なのでアト29時間残っているのだ!!!

たった30分で200円持ってかれてます、、、日経ロング


ウクライナの暫定首相の「ロシアはウクライナ侵攻の準備がある」との発言でドル、株ともに下げ足を強める。そして日経も墜落Orz  もはや地合いか? 1枚にしといて良かった。14360円でもおう1枚買い!

ZARYENは9.35から買い下がりの方針に変化なし。

イスタンブール経済

色んな店員と話していると総じて、「賃金がインフレについていかず生活はどんどん苦しくなる」とのこと。賃貸は10年前の2倍になったが給料は1.5倍と言ってる人もいた(←これはこの人だけの話かもしれないけどね)。

慢性渋滞の高速道路にはナント、食い物や花を売り歩いてる現地人がいる。これにはビックリした。①どっから入ったの?②危なくないの?③罰則はないの? 意味が分からない。昨夜街を徘徊したときに見た、道端で甘栗やガラクタを売る人達、、、、、ほとんどがこの10年で地方から集まってきた人達なんだって。

10年前のイスタンブールはもっと安全で綺麗な街だったとのこと。人口は1000万人から2000万人まで増えており、仕事がなくて仕方なくバッタ屋をやってるのだとか。それでも地方にいるよりはまし、というのだから結構深刻です。

2%のインフレを目指しているあの国が同じようなことにならないのを祈るばかりである。

イスタンブールのグランドバザールで値切る!

中東最大の市場であるグランドバザールに殴り込みに行きました。4400軒程度の店がアーケードの中に集まりしのぎを削っております。世界中の野次馬(含むオイラ)が値切る、値切る、値切る。

事前にネット検索したところ「店によっては当初5倍くらいの値段からスタートする」とのことだったので、最初の1時間はフェアプライスの調査。そしてお目当ての商品(両親への土産)であるストール屋を襲撃。

シルクのストールは色々種類があって、「ハンドメイドピュアシルク」「工場製のピュアシルク」「シルク×カシミアのミックス」というラインナップ。ハンドメイドも胡散臭い商品が結構あったので、その辺の周辺調査も入念にやっておきました。

やってくる店員に値段を聞くと「1枚160トルコリラ(7400円くらい)」とのこと。日本での販売価格は7800円~15000円程度。ファーストオファーとしては妥当な水準だ。。。

フェイントとジャブを繰り返しながら徐々に懐に近づいていく。最初は1枚だけ買う前提で交渉し、途中から2枚買うとボリュームディスカウントを引き出す作戦。

ボリュームディスカントで1枚105トルコリラまでオファーダウンに成功! 本当かどうか知らんが、「ハイシーズン(夏)は200トルコリラだ。このへんで勘弁してくれ。」

かかしこんなところで折れてはいけない。家族の話、旅行の話、イスタンブール景気の話、などなどくだらない話を織り交ぜながら、だんだん仲良くなっていく。30分ほど話してると「コーヒー飲むか?」と聞いてくる。

商談のセオリーだ=【相手を座らせ&モノを与える】 分かっていながら当然【マイン!!!】

テーブルに座って一緒にお茶を飲んでタバコを吸ってバカ話(ここには書けません)で盛り上がる。。。そして突然切り込む、「ところで自分用に工場製でいいからもう1枚買おうと思う。全部で180トルコリラにしてくれ。」とフィニッシュブロー!⇒ It's Done!!!

お目当ての商品が1枚当たり80トルコリラで買えました(自分のは20トルコリラ)。

個人的にはいい買い物をした気でいたのですが、帰り際に店員のお父さん(たぶんオーナー)らしき人が出て来て握手を求めてくる。。。1時間も粘って、値切り倒して買ったのに握手???やっぱりオイラ、高値を掴んだのか???本当はハンドメイドじゃないの???

う~ん、、、ま~使ってしまえばただのストール!!!No Problem!!!

なんで日経はこんな売られてるんだ?

USデータが悪かった影響で22時半くらいからドルが売られている。かかし日経の下落の角度は為替に比して大きすぎないか?

流動性は低そうな感じですね。ならば逆張りの無視がうずき14560円でちょっとだけロング。利食いオファーは14650円。

2014年3月13日木曜日

中国債券のデフォルトで中国経済失速?

中国経済の失速という本質論ではなく、失速懸念で銅をはじめとした中国消費量の多い資源が売られ、それに関連するチリペソ、豪ドル、南アランドが売られているというが、まだまだファインチューニングですよね、この程度じゃ、、、

ZARJPYもっと下がんないかな~。

プラハとドレスデンはこんなんでした

プラハの夜



ドレスデンの夜



盗んだバイクで走り出す~  それは「15の夜」

かかし、、、トルコのチョコ美味し!絶対太って帰ります。

旧市街地区=イスタンブール=

旧市街地区のホテルに到着し恐る恐る夜の街を徘徊しました。ドレスデンもプラハも旧市街は21時を過ぎると薄暗くなってしまい、路地裏に入ると中世に迷い込んだような錯覚すら覚えます。

同じ旧市街地区なのでイスタンブールもさぞかし薄暗いと思いきや、、、


こんなに明るいのよ(笑)まるで不夜城。

22時でも衣料品店なんかが普通に開いていて人通りも凄い。初日(と言ってもアト2日しかないが)なので観光客向けのトルコ料理のレストランに入り、お上りさん的な料理とビールを頂いて2000円也。飲み足りなくてブラブラするも小心ものの当方はホテルから遠く離れるのは怖くて、ホテル近くのBarでタバコとビールを楽しむ350円也。帰りがけに名物の甘栗(200円也)と水とチョコレート(合計150円也)購入して帰還!!!

トルコ料理屋で隣に座ったロシア人に突然「どこから来た?お前は日本と中国はどちらが上だと思う?」と聞かれ、「All countries are on a same table」と意味不明な英語で誤魔化すと、そのロシア人は「日本の方が上だ、、、」とよくわからないことを言ってくるので、面倒くさいの無視。彼は家具貿易をやっていて、GandBazar(旧市街の市場)に買い付けにやってきたのだそうです。


貿易を生業とする人が来るくらいだからさぞかし大きな市場なんだろうね。明日のガラクタショッピングが楽しみだ。

ウクライナ情勢

ウクライナ情勢が予想以上に混迷していたんですね。

ネット代をケチってほとんどニュースを見ていなかったのですがさっきBOOMBERGニュースを見てビックリ。225を売ろうと思ったのですがたった今、大証クローズOrz

何をやってもうまくいかない。

いっそのことボスポラス海峡を泳いで黒海まで出るか???

とりあえずこれから街を散策して作戦を練ります!!!

イスタンブールに着いたのですが、、、

今日は大規模なデモが予定されているとかで大渋滞Orz

おまけに行くホテルを間違えてしまって、本来空港から30分の所要時間のところ3時間もかかってしまうという始末。だってさ~、ダブルツリーヒルトンがイスタンブールに3つもあると思わないじゃない。。。

オイラが到着したのはその中でも一番空港から離れたダブルツリー。夕焼けの綺麗な港のホテルで、「おぉぉぉ、これはすごいぃぃぃ!!!」と感動したのは最初の1分だけ。受付のスタッフがなんかカタカタとパソコンを叩いて調べている。

Your Hotel is Old Town. We have three Double trees in Istanbul....

もうひっくり返ったずらよ。。それでなくてもここまで1時間10分かかっちゃったのに、「オールドタウンまではドレクライカカルノ?」 スタッフ「minimum 45mins」 気絶Orz

たったいま到着して怒りの独り言です。全部自分のせいですが、、、つねに行き当たりばったりなんですオイラは、、、

2014年3月12日水曜日

東北大震災から3年

東北大震災で被災された方々およびその関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

今なお続く苦難や悲しい出来事と戦っている方々がいらっしゃることを忘れずに、私も自分が出来る精一杯の努力を継続したいと思います。

震災後に被災地はもとより日本中で見られた「協業の精神」は日本人ならではのものだと思います。しかし残念ながらそれが継続しないのも日本人の特性なのでしょう。

この精神をいかに社会に根付かせていくかが、今後の課題なのだと思いますし、そのお手伝いが少しでも出来ればいいなと考えています。これは復興のみならずビジネスの世界でも同じです。日本が誇れる「現場力」「すり合わせ」「高い職業人としてのモラル」 これらを進化させていくことが私達のできることなのではないでしょうか?

微力ながらできることを継続し、すべての人が幸せな人生を送れるよう心より願っております。


トルコのビール、、たかっ!!

明日プラハからイスタンブールに移動するので現在荷物をまとめてます。予想通りガラクタを大量購入しまして大満足の滞在でした。

今日はアンティークショップで昔のメダルとか、つぶれた会社の胸章らしきものとか、変なコップとか、、、、日本に帰ったら、なんでこんなもの買ったんだろうOrz、、、、と反省しちゃうようなものを一杯買った。

壊れ物が何点かあったので店のおばちゃんに「なんか缶みたいなのないの?」と聞くと、「あそこに売ってるよ」と、、、昔のクッキーやらなんやらの空き缶が100円くらいで売ってます。『カネトルノカ?』と思いつつ購入。これに入れればスーツケースの中で破損することもあまりないので安心です。

で、、、明日の目的地トルコについてちょっと調べたらビールが日本並みに高い↓チェコだと水と同じくらいなのに、、、ということでパッキングが終わったらもう一度飲みに行きます。『もう一度』というのは、今日もプラハ城の麓で読書しながら2時間ほど飲んでいたからさっ!!!

あ~楽しい旅行もあと僅か。

銅価格下落

週末のクリミアの住民投票、冴えない米国経済指標、中国懸念などなど、判断に時間のかかる材料ばかりが決定打なく相場を浮遊している感じですね。

中国の信用収縮懸念から銅価格が急落しているようで久しぶりにコモディティーをチェックしてみると確かに急落している。中国は世界最大の銅消費国だから致し方なしという解釈もできるが、銅価格のチャートの対象期間を広げてよ~く見てごらん。

「2010年7月以来の安値を更新した。」とあ大騒ぎしてるけど、2005年初頭と比べるとまだ2倍以上だからね。確かに致命的な下げ方をしてるけど、2.700ドルくらいのところを明確に割るまでは押し目買いでいいんじゃない???コモディティーはやらないけど、、、、(たぶん)

話変わりますがリスク回避の円買い的なムードですね。ZARJPYはようやく平均売り価格に戻ってきました。9.35以下から再び買い下がりの予定です。と、、、ず~っと言う続けているが、下がる気配がまったくないOrz

あれっ、、、JGBはなんか下がってますね。情報が少なすぎて理由が分かりません↓

2014年3月11日火曜日

アイスこーひー???


アイスコーヒー消費量は日本が世界最大(?)と思っているのですが、暑いリゾート地にいくとたいてい(日本人)のためにおいてます。

そういう感覚がまったくなってしまっていて、昨日プラハの喫茶店で「Iced Coffeeアルか?」と聞くと、「アルヨ」と言うので、楽しみにまっていたら、ナント出てきたのが。

「コーヒーフロートのオバケ」みたいなもの。しかもコーヒーにのっかっているのがアイスじゃなくて、全部生クリーム。。。いくら甘いもの好きのオイラでも、これはToo Much。。。

念のため「これIced Cofferアルか?」と聞いたのですが、即「Yes, It is.」 間違いではないようだ。

頂いてみた。アイスコーヒーはブラックで、生クリームは結構甘い。これを溶かしながら飲むんだな。。。ストローでぐるぐるグルグル、やってるとだんだん下の方がコーヒーと溶けて、アイスオレみたいになってくる。

ちょっとクリーミーで甘くなったコーヒーを飲みながら生クリームをバクバク喰う。

「これはイケル、というか美味し!!!」しかも普通のコーヒーと値段がほとんど変わらない。この国は店で食うにしても、スーパーで買うにしても値段は、メシ>ドリンク類となっている。コーヒー好きで小食のオイラには天国みたいな国だ。

かかし、、、そろそろラーメンが喰いたい。

明日は最終地イスタンブールで移動です。

BOJ UNCHANGE

BOJはコンセンサス通りUNCHANGE。

景気の現状判断において輸出を下方修正し、設備投資と生産を上方修正してバランスをとった形か。ようは過度な緩和期待を現段階で持ってほしくないというメッセージの表れか?

相場は為替も株もレンジですね。個人的には再び日経平均を軽くショートしたくなっています。黒田総裁の会見前に売りたいと思ていたら、大証は休み時間なのね、、、Orz

時差で感覚がズレてしまってますOrz 会見後に相場が下落したら、笑ってやってください。。。ツカン

プラハの居住者向けスーパーで買い物

ようやく見つけた居住者向けスーパー。小躍りして店内に突撃!!!とにかくオイラは土地土地のミクロマーケット観察が好きだ。プラハのスーパーもなかなか特徴があった。

サンドイッチ2個入り 300円
ダノンのヨーグルト 60円
チョコレート菓子(チェコのメーカー) 50円
黒ビール(500ml) 70円
カップパスタ 150円

う~ん、、、主食系が高いのね。この値段は日本並みか逆に少々高いくらい。一方、欧州全般に言えることだがビールが安い。一方でソフトドリンクは結構高い。水なんか下手すると日本よりも高かったりする。

お菓子は安いです。特にチェコ産。いくつか試してみましたが、milaというチェコブランドが結構美味かった!衣料品は全般的に安そうな印象。シルクやカシミア衣料が割安。夜散歩をしていて急に寒くなったので、カシミア90%、シルク10%のストールを買ったのですが750円でした。これだと日本のコンビニで売ってるPB(プライベートブランド)衣料とほぼ同じ水準。クオリティーもかなり高くて、これはいい買い物でした。

2014年3月10日月曜日

ドレスデン VS プラハ


もう寝ようと思ったのですが、忘れちゃいそうなので今日思ったことを書いておきます。

ドレスデン、プラハという比較的に似通った街を訪れました。

共通点
・ 中世の建築物が沢山残っている
・ 10世紀前後からの歴史がクリアに残っている
・ 民主主義
・ 国への帰属意識よりも、街への帰属意識が強そう
・ 観光産業を育てる意識が高い
・ 欧州観光客にとって人気のスポット

相違点
・ タバコ: 両方とも規制はない。ドレスデンは暗黙のルール&掃除、一方プラハは吸殻散乱。
・ 観光客価格 VS 地元価格: プラハのスプレッドはきつすぎ
・ ホームレス: あきらかにプラハは多い
・ 観光産業に従事するローカルの貧富格差: プラハはきつい

この違いから見て明らかなのは、ドレスデンは行政が介入して中期的なビジョンをもってやっている。一方プラハは行政の目が行き届いていないのは明らか。

そもそも国力、財政余力のファクターが大きいと思うのですが、プラハは外資に頼りすぎてしまって繁華街はかなり残念な感じになっている。

この20年、チェコの観光産業は伸びていったのでしょう。しかし今回の状況を見るに、観光による収入の伸び率は鈍化していると思う。そうであれば外資型の観光インフラ作りについてはそろそろストップをかけるべき。

そして街の環境整備として、①ホームレス問題の解決、②分煙、③ナイトタウンの規制(縮小)、これらの効果は5年くらいディレイして戻ってくるので気長にやるしかないが、財政的な多少の余裕があるならばそろそろ舵をきるべきところに来ている感じた。

チェコスロバキアはそもそも工業国ではあったが、近年のチェコは賃金上昇などの影響から労働移民の受け入れを許容しているらしい。そもそもこれは国民のためにならないのだが、これをやらないと外資が撤退してしまうので、痛し痒しというところなのだろう。両刃の剣をどうハンドルしていくのかも今後の重要なテーマなのでしょうね。

と、、、、全然関係ない話になりましたが、日本に帰ると忘れてしまいそうなので、備忘録的に書きました。

最後に個人的な印象を、、、「やっぱりオイラはプラハのほうが好きですね。」

チェコの雑貨=ガラクタストリート=


ご存じのとおりオイラは無類のガラクタ好き。玩具、インテリア、アクセサリーなどなど、とにかくなんか不細工なもの、無骨なものが昔から大好き。

そこで雑貨の露店が一直線に並ぶガラクタストリートに特攻!!!う~ん、目移りの連続です。欲しいもの全部買ったら、スーツケースをもう一つ買う必要がありますね(笑)

今回は子供、姪っ子達のお土産として、マリオネット、チェコの玩具、などなど7点購入して全部で6000円。ちなみにマリオネットは正規店もじっくり見ましたが、正規店で5000円くらいで出てるやつを2700円で購入できました!!!

今日は自分の分はやめたのですが、すげぃ恰好Eものを発見!!!ブリキで出来た甲冑のミニチュア。これがお酒のボトルをすっぽり包むカバーになっている。気絶するくらい恰好いい。お値段は3000円。値段的には買いたい、、、、かかし、デカい、カバンに入らない、ちょっと重い。。。残り3日間悩み続けて、たぶん買うと思います(笑)

さすがに眠いのでそろそろ寝ます。

雇用統計明けの東京マーケットはどうなるのでしょうか?中国の2月の消費者物価は経済の鈍化を印象付ける内容でしたね。東京株式市場は上値を抑えられてしまうのでしょうか?プラハはドレスデンに比べてWIFIのコストが安かったので、3日間オプションを購入しました。プラチナバンドだと1日5000円とか言われて気絶しましたけど、、、通信環境はまだまだ発展途上な感じです。

プラハ初日


今回も無計画で初日がスタート。相変わらず時差ボケが治らず朝5時に起床!慌ててガイドブック(ちなみにAMAZONで400円古本をGET!)を斜め読み。オイラは観光地を練り歩くのはあまり興味がなく、地元の人の仕事、生活なんかを観察するのが常。それでもプラハの建物は目を奪われるものがあるので、どうしても見たい、、、

そこで発見したのがセグウェイツアー。立ったまま乗るバイクみたいなやつです。免許がいらないというので即申込み。3時間ガイド付きで7500円。ちょっと高いけど、プラハ城のテッペンまで上ると、翌日以降筋肉痛で動けなくなる。そしてプラハはとにかく見どころが点在している。ここは大人買いすべきだ。

セグウェイツアーはドイツ人夫婦とオイラの3人だった。セグウェイはお年寄りにも運転しやすいように設計されている。5分くらい練習すれば比較的簡単に乗りこなせると思う。オイラも初めてだったのですが、これはなかなかの優れものですね!

ガイドさんは沢山の観光ポイントに連れて行ってくれて、毎度毎度英語とドイツ語両方で丁寧に説明してくれた。残念ながらどのスポットも内見はせず、外観の説明中心。もっとも私のような、①外観を楽しむのが好き、②美術館とかはまったく興味ない、、、こんな人には直球ストライクだと思います。

14時にセグウェイツアーが終わって、プラハ城の麓のBarで昼飯。名物のマッシュルームスープ(パン付)とビールをいただいて、またまたウマー!!!

ここがナント、スポーツバーだったらしく、ちょうどチェコサッカーリーグの試合で盛り上がってた。サッカー好きの虫が騒ぎ、一緒に応援。選手の属性が分からない分、盛り上がりどころはついていけなかったけど、サッカーを見る目はオイラの勝ちだったね(笑) 応援していたチームが勝って、メデタシメデタシ。

そんでもって、次はガラクタストリートに全速前進!

プラハ=インフレ=

20年ぶりにプラハに来ました。

前回訪れたときはチェコとスロバキアが平和的に分裂した直後のこと。チェコの人たちはこの分裂を誇らしげに語り、街全体が活気づいていたのをよく覚えています。

とてもいい思い出だったプラハ、「絶対にもう1回行きたい!」と願ってやまなかったプラハ。そして感動の到着!!!

駅は多少経年したがホームは昔のままだった。しかしプラットホームを降りていくと、目の前に飛び込んでくる売店たち。カフェ、洋服屋、KIOSKなどなど、、、こんなに賑やかだったかな???

駅の外に出ると、20年前と同じように、怪しい輩がウロウロしている。そしてここも分煙カルチャーがなく駅周りは煙っぽくて、正直汚い。「う~ん、ここまではほぼイメージ通りだぞ!!!」 そしてホテルまで歩く。埃っぽい感じと、旅行者をジロジロみるこの雰囲気も昔と同じだ。「やったぞ!プラハは変わっていない。」

ホテルについて大急ぎでチェックインしてさっそく街に飛び出る。時は20時、駅舎に続くメインストリートに行ってみよう!ドキドキしながら歩くとなにやら様子が変だ、、、

・ ネオンが増えてギラギラしてる
・ カジノだらけ
・ 客引きが多い

気絶、、、、、、六本木みたいだOrz、、、

メインストリートは随分変わりました。外資がかなり入ったのでしょう、両サイドともに大型のギラギラ店舗が目立つ。それでもオイラはめげない。「20年前に(当時)1500円でチェコ料理のフルコースを腹いっぱい喰わせてくれたアノ店に行くんだ!!」

周辺店舗の変化ぶりから半ばあきらめていたのですが、どうやらそれらしき店を発見!!!大通り沿い、狭い螺旋階段を地下に下りていく、洞穴のような店づくり、ところどころに埋め込まれたカラフルなガラス細工、、、、、これはあの店に違いない。

ドキドキしながら店のスタッフに、「ここはいつからやってるの??」と聞くも、英語が通じない↓チェコは基本的にチェコ語。観光地には多少英語を話せる人もいるが、基本的にはボディランゲージの世界。

仕方ない、、、名物のローストダックの酢漬けキャベツ添えとチェコビールをオーダー。【美味し!!!】酢漬けキャベツがウマーーー!!!

最後にコーヒーをいただいてお勘定。ナント2500円、、、高いOrz 20年前はこの3倍は食って1500円だったぞ。でも観光地で、このロケーション(←かなりの一等地です)で、この値段は安いんだろうな。最後に別のスタッフにいつからやってるの?とダメもとで聞くと「ココで1940年カラ、ヤッテマス」とのこと。

ヤッパリ~~!!!飛び上るほど嬉しかったです。滞在中にもう1回行こう!

かかし物価、、、(20年前が一部記憶違いかもしれません)

バス初乗り 4円⇒120円
ビール 20円⇒120円
ファーストフード(屋台) 100円⇒500円

こんな感じです。

欧州各地から観光客が集まる超人気スポットなので観光地プライスは当たり前になってるんですね。ドレスデンと違ってプラハは町が大きいので居住区が離れていて、地元向けのスーパーがあまりない、、、というか見つからない。

一か所だけこじんまりとしたスーパーを見つけたのですが、水、チョコレート2個を購入して150円。だけどこれを観光客向けの店で購入すると、500円くらいになります。

ま~そんな細かな計算はさておき、夢に見たプラハ放浪がスタート!!!

2014年3月8日土曜日

24時間WIFIが切れます

ホテルから25ユーロで購入したWIFI1日使い放題権を存分に使用し、間もなくぱPCからのアクセスが出来なくなります(携帯から軽い文章を送るのはOK)

貧乏性のワタクシ的には使い切った感じです。今日は10時間後にプラハに向けて出発します。かかし、、、到着して4日目になるのに毎朝4時に起きてしまうジジィって、、、なんでだろう~Orz

とうとう発見!

夜、散歩をしていたら買収されて消滅したはずの会社の看板と遭遇!

かかし近づいてみると店内は【コメ〓ツ銀行】よくみると看板のイメージカラーも違う。

これは買収をした【コメ〓ツ銀行】が、買収された【ド〓スナー銀行】の発祥の地であるドレスデンの人達に配慮して作ったモニュメントみたいなものなんだな。

ドイツ人らしくない粋なはからいで、なんか嬉しくなりました。もっとも、、この看板を見て興奮してる観光客って世界中でオイラだけだろうな。(笑)

ドレスデン3


不思議だったこと
1、現地の男性のほとんどがデニム。チノパンとかってほとんど見なかった。
2、男性で帽子、手袋を付けている人がほとんどいない。こんなに寒いのに、、、
3、帽子をかぶってると、ジロジロみられる。(これはオイラの挙動不審か?)
4、公共交通の支払いがほとんど自主払い。その割にみんなちゃんと支払いをしている。

1-3はどうでもいいことだけど、4を見るに、つくづく(いい意味でも悪い意味でも)性善説が根付いている国なんだなと。だからツメが甘いのか???そういう意味では日本も同じか???

いろんな外人と仕事をしましたが、基本的に欧州の中では勤勉な人が多かったような気がします。実際にローカルの空気にふれてみても印象は同じでした。

雇用統計は強かったようで

比較的強めの結果だった雇用統計を受けて一時は株高の展開となりましたが、緩和縮小ペースの継続が想起され、ドルは強含み、米債は下落、株はまちまちの展開となってます。

市場参加が久しぶりに冷静になった印象です。ZARは対ドルで売られ、対円でも下落。リスクマネーの巻き戻しが再び懸念される形になるのでしょうか?

ドルショートは思い切りもってかれてますが、このレベルは放置です。ランド円は9.35レベルまで下落するのを待って買戻し予定。

来週はどうなるのでしょうか?月曜日はプラハにいる予定です!皆様良い週末を!!!

2014年3月7日金曜日

雇用統計が出るというのに

バスを乗り繋いで登山鉄道に乗ってます(笑)
こんなところに来る観光客はほとんどいないみたいで、乗客はナント二人だけ。こんなにいい景色なのに。

珍しく写真をつけてみたりする

ね、マーク同じでしょ。下のはドレスデンの教会のひとつです。





ドレスデン2

朝の散歩から戻りました。2時間歩いてカフェで朝飯を食って、写真とビデオをとりまくりました(笑)

朝靄の旧市街は人通りも少なく、中世に迷い込んだような錯覚すらおこします。旧市街は半径500メートルくらいに、ドレスデン城、ドレスデン要塞、大聖殿、美術館、歌劇場などが密集しており観光者にとっては嬉しい町の作りです。

なんでここに来たかって、ご想像の通りです。私が最初に入社した外資系証券の発祥の地がここだったからです。まったく面影はなかったですし、買収した銀行の支店もフランクフルトの方が多かったな~。

念のため調べたのですが、昨日コメントしたフランクフルトの大本社ビルは旧ドレス○ーの本社だったようで、会社のロゴマークもそのまま使っている模様。もっとも色はライトグリーンからイエローに変わりましたけどね。

このブログのハンドルネームがGreensなのもこれが由来の一つです。破たんしたリーマンにいたるまで私の所属した会社のコーポレートカラーはほとんどグリーンなんです(笑)

携帯カメラしかもってこなかったので、もう携帯もカードもメモリがパンパンです。現在SKYDRIVEにデータ移行中で、これがすんだらまた外出です!!!

かかし、、、朝飯はどこに行ってもサンドイッチしかない。もう少し温かいものを食べる習慣はないのかな?こんなに寒いのに、、、

WIFI


ドレスデンのホテルもWIFI €25だって、、、でも今日は雇用統計なので、贅沢して24時間使い放題をTAKENしました。でも雇用統計が終わったらいらないので、誰か残りの14時間くらいの権利を€12で買ってくれないかな?

もっとも明日も朝4時くらいに起きれば十分使えるのか。これだとFXと株は十分に取引できると思いつつも。今日も一日中動いてホテルに戻ってきたときはNYもクローズしてるのね。。。

東京時間は米ロ関係の報道なんかもあって、行き過ぎたリスクカバーが抑えられているみたいですね。かかし、、、225のチャートは前回高値を上抜けて好転しつつあるように見えます。雇用統計を受けてギャップアップみたいな形状になると、ちょっと雰囲気はよくなりそうですね。

もっとも株の短期的なベアには変化はありません。

FXのポジションは、なけなしのZARJPYロングが全部もっていかれ(9.600&9.6500)、とうとうUSD,ユーロショートのみとなりました。

裸の王様状態で雇用統計に突入!!!


ドレスデン!

昨日フランクフルトから電車に揺られること5時間、ドレスデンに不時着。ドレスデン中央駅からバスで10分ほどのホテルだったのですが、間違えて反対のバスに乗ってしまい、結局1時間近くかかってしまう。。。

おかげでホテル周辺についた時は21時で人もまばら、、、ドレスデン旧市街は中世にタイムスリップしたような場所です。凸凹の石畳にスーツケースのタイヤを取られながら、ようやくホテルについた。

20年前の卒業旅行でも電車でフランクフルト⇒プラハに来ましたが、車窓の記憶はまったく残っていませんでした。今回はたっぷり車窓を楽しんだのですが、東にいけば行くほど、田園ときどき工場という雰囲気。あと気になったのは、長屋みたいなのがまだ結構あるのね。ドイツの知らざる一面を見た気がします。

ドイツの交通機関はとても使いやすくて、まず空港の入国審査が非常に楽。というか、本当に大丈夫か?と聞きたくなるくらいいい加減だった。電車は改札が、、、、ない。バス(観光街のトラム)は自動運転で基本的に無人。切符はバスにのってから買う。初心者のおいらは降車する直前に「金を払っていない」ことに気が付いて慌てて切符を購入@€2.2。タクシーは東京ほど走っておらず、流しを探すのは難しい。

2014年3月6日木曜日

Frankfurt!!! =I have not eaten a sausage yet=

Unfortunately, I have to pay §25.0 per day for using WIFI. Thus I write this comment from Hotel PC. Since my PC skill is too poor, I can not change language from english to japanese....

It took 24hrs after I left my home in Tokyo...I finally reached Frankfurt last night. It was too tough on my old body.

Frankfurt is quite nice city!!! I have already visited KaisarDorm and walked around city area for 4hrs. It was suprised that People can smoke outside, it is simillar with Japan 15yrs ago. But I thought that Smoking with walking is pretty dangerous. Although I did it in the past...

I found a head office of Commertz Bank which bought out a security company which I worked for 10yrs ago. Their corporate simbol mark is similar with Dore***r, it might be my misunderstanding.

I will move on to Dresden by Train right now.

N225 and ZARJPY spiked up last night. It looks quite strange, cause I can not get Information from Bloomberg and Reuter.

Regarding My N225 short which I sold in the Sky!!, I unwound it at same level. But it was simbolic trade for me!!!

See you then!!!

2014年3月5日水曜日

空中トレード=飛ばしではない=

WIFIのことよく知らないのですが、さっきつながらなかったオンライン証券の取引端末が、ナント繋がった!しかもミニ日経225先物の取引が可能!というかほとんど違和感なし。

記念すべき第一弾空中トレードとして14900円で1枚だけ売った!初めの一歩は「売り」からでしょ。気分は月面の第一歩目のような感覚!ほほほ。

本当にすごい時代になりましたね。これまでのフライトはタバコとの葛藤でしたが、これからはまったく苦悩せず、着陸まで取引できます。

まるで子供に飴玉みたいなもんです。

ありゃ、、、微妙に踏まれている。地上でも、空でも踏まれンコフOrz 

でも現在は隣に座ってるがガタイのいいドイツ人が、友人と大声で騒いでいるのもまったく気にならず、先物端末を睨みながらニコニコのオイラなのであ~る!

最近の飛行機ってWIFI使えるのね、まったく知らなかった。

インターネットリテラシーの低い私でもタブレットPCを活用する時代です。飛行機は全アクセスが止まってしまうから嫌だな~などと思っている、WIFI使えるのね!!!

さすがにオンライン証券の取引は出来ないけど、このブログのアップは出来るし、メールのやり取りもできる。いや~~、技術は知らないところで進歩してるんですね。

かかし、、長いフライトです↓ イスタンブールで乗り換えてフランクフルトを目指すのですが、イスタンブールまで12時間、乗り継ぎ後4時間くらい(だったかな?)のフライト。ホテルに到着するのは日本時間の6日朝6時くらいになりそうですOrz。。。

タバコが吸いたい、ほほほ。

ドレスデン⇒プラハ⇒イスタンブール


突然、脈絡もなく旅行に行ってきます!1か月前から決まってたんですけど、卒業旅行で通った道を、あの時と同じように電車にのってウロウロしてきます。いわば20年で蓄積した垢を落とす、「自分壊しの旅(?)」

イスタンブール経由の貧乏フライトで、これから延べ20時間くらいの移動になります。とにかく本をたくさん持ってきました。

ネット環境次第ですが、出来る限りアップしますね!!! それではっ!!!

涙のショートカバー


ミニ日経225先物は目出度く14945円で踏みました。どうですか他人の損の味は???ウマ~~という感じでしょう(笑⇒涙)

当面軽めのポジションで様子を見ます。

官製談合防止法違反で刑事告発

昨日報道されましたが、鉄道機構の新幹線融雪設備工事に絡む工事入札において民間設備工事会社8社と担当者8人が刑事告発された。

まだこんなことやってたのか???と怒り心頭。入札価格を漏らしていた鉄道機構東京支社の担当者も問題だが、談合していた民間8社も問題。

そしてもっと大きな問題は2点。

1、同法は(たしか)2003年くらいに施行されたとおもうのだが、罰則が軽すぎるでしょ。5根以下の懲役または250万円以下の罰金。

⇒これでは民間企業はReulationアーブをかけますよね。ようは250万円の罰金だったら、ペナルティーをもらってもいいから、機構との取引実績を作ったほうがいい。談合がみつかってしまっても「双六の1回休み」くらいの感覚。

2、鉄道機構の内部管理体制ってどうなってるんだ?

⇒合計170億(だったかな)の融雪工事入札8件のうち5件が落札率99%以上だって。。。民間的な発想だったら、「落札率95%を超える落札となった場合、毎回監査に報告せよ。」でしょ?これを5回も看過していたというのだから、「どうぞ談合はどんどんやってください」と言ってるようなもの。

機構側には法令順守の徹底が望まれます。

とプンプン。

2014年3月4日火曜日

またまた踏まれンコフ

大引けのショワッチで14700円ショートが絶賛踏まれンコフOrz

今日は久しぶりに夜なべだな、、、現在淡路町吉野家にてねぎ玉牛丼待ち(笑)

金!

頭の片隅でGOLD@1200ドル近辺で買いたい、、、という思いを持ちつつ、結局買えずに上昇してしまった。。。相場はウクライナ情勢次第となっており、フラッシュに踊らされながらのランダムウォークを継続。

先般もコメントさせていただいた通り、当方は戦争やテロを材料にやる相場が苦手。というかこの手の材料を議論しながら、相場観に落としていこうとするコミュニケーションがどうしても不謹慎な気がしてしまって、、、

ということでポジションは圧縮気味のまま。短期的なオペレーションは基本的にオーバーナイトさせず回転売買。中期的なオペレーションは最近注目しているVIXのサイクルトレードを主体に運営中。

昨晩14525円で2枚買ったのですが、今朝14600円で早々に手じまいしてしまった。現在は14700円のショートを保有。

第2話 就職活動

「比較的ハイスペックなのにOSもアプリケーションも入っていないPC」だった私は、就職なんかなんとでもなるだろう、、、と考えていた。同期がOB訪問、エントリーシート作成、コネクション活用、業界研究などなど偉そうにやてるのを斜に構えて眺めていた。

3年生の3月は春のリーグ戦に向けた選抜合宿の盛り。ほとんど東京にはおらず栃木県のゴルフ場で凍えながらゴルフに励んでいた。そんな中、部活の先輩から電話がかかってきて、「オマエ、どうせ就職活動してないんだろ。うちに来いよ。」という嬉しいお誘い。

その先輩も4月から新入社員になる人で、「うちに来いよ」なんて言う権限はない(笑)でもその会社には代々の先輩方が在籍していて、ひょっとしたら就職活動しなくていいのか???というヨコシマな気持ちが芽生える。

その会社は上位都市銀行だった。それまで就職について考えたことはほとんどなく、「最悪の場合、バイト先のゴルフ練習所で社員にしてもらう」くらいの感覚だった。まして銀行なんて「オイラには無理だろ、、」という思いが先行したが、とりあえずリクルーターの方々との面接が始まる。

この春シーズン、初めてレギュラーに選出され、レギュラー合宿で栃木と東京を行ったり来たりする生活の合間を縫っての面接。企業研究なんかやる余裕はまったくなく、頭の中はゴルフのことでいっぱい。リクルーターの方々からは毎回、「君はもう少し企業研究をしたほうがいいよ」と言われた。でもやらなかった(笑)

面接の終盤戦、いよいよ部の先輩から「オマエ、このままだと無理かもしれないぞ」と最後通告を受ける。う~んマイッタ、、、その時すでに自分は銀行で働くのだと決意してたからな。「次の面接で、なんとか這い上がってこい!」と言われ、そんな無茶な~~という心の悲鳴。

作戦を練った。オイラにはたいした業界知識はない、それなのに背伸びしたことを一杯話していた。だったら素の自分で体当たりだ。だってこれまでもそうだったじゃない!これって一般論に聞こえますが、私の場合、OSもアプリケーションもないPCだったので、話せることはゴルフだけ(笑) だったら開き直って、「なぜゴルフが好きなのか」「ゴルフで何を身に着けた(身に着けたいのか)」「ゴルフで身に着けたものが社会に出て応用できるのか」この3点に絞って喋りまくった。

そうしたらナント、評価急上昇!「オマエ、やればできるんじゃん」と先輩に言われ、『いやっ、「今自分にできること」と「自分のやりたいこと」を喋っただけで、面接的にはこれまでの方が頭フル回転で頑張ってました。』 ようは就職活動の論点をまったく理解してなかったんですね。

おかげで翌日人事に呼ばれGW前に内々定!人事の方からは「君が今年最初の内々定だ!」と言われ嬉しかったが、これにも理由がありまして、、、、、GW明けからリーグ戦が始まるので、面談の時期を無理を言って前倒ししてもらっただけ。人事的には「まぁ、採用者の平均点くらいの人材だろうから、とりあえず採用しとくか、、、」くらいの判断だったのではないか。

なぜ銀行???の部分にはあえて触れませんでしたが、ようは業務内容をよく理解していなかったのです。しかし面接の始まる前に城山三郎と高杉良の銀行小説を読んで、「銀行ってなんかデカい仕事が出来そうだな~」「資金を介在することで色々な業界を覗けそうだな~」こんな感覚芽生えた。

よく分からないのであれば、器がデカいところにいたほうが身動きは取りやすい!そんなユル~イ就職活動だったのです。この緩さが、入行当初大変なことを招くとはその時想像もしていなかった。

ちなみにまったく関係ない業界として某百貨店の採用面接も受けた。これは先輩に「少し他の業界を勉強するのと面接慣れしたほうがいい」とアドバイスされたから。ちなみにこちらの業界は銀行業界に輪をかけて、下準備ゼロ。。。おかげで喋りたい放題でサクサク上の面接に進出し、「君はうちの会社に来た方がいい」と言われて嬉しかった。途中で辞退をさせていただいたのですが、フロア戦略も含め、今でも大好きな百貨店です。

第1話 そもそもオイラはこんな人間だった

よくよく考えてみるとオイラこれまで、自分の生い立ちなんかを話したことがあまりなかったですね。

16年くらいのお付き合いになる人も沢山いるのに、なんか不思議な感覚です。そこで第一話は、金融人生に足を踏み入れる前、どんなクソガキだったのか簡単にご説明し、その後そいつ(=オイラ)がどう変化(←退化?)したのかお楽しみいただければと思います。

【当時のPCとしてはハイスペックな方だった】
オイラは東京生まれ東京育ちです。中学校から大学まで一貫制の私学に通っていました。「なんで私学?」「教育熱心な家庭だったのね、、」とお思いでしょうが、私学を選択したのは両親ではなく、小学校6年生のオイラ。動機は2点、一つ目は1年間の受験勉強はつらいかもしれないが、一貫制の学校に行けばもう受験勉強をしなくていいという打算。二つ目は幼稚園時代から強制されていたピアノレッスンをやめる口実。この2つの動機をオブラートにくるんで両親には、「僕は私立の中学校に入って、思う存分スポーツや勉強に打ち込みたい。」と言ったらしい。実際のところ2つの(本当の)動機はよく覚えているのですが、両親向けのオフィシャルコメントは覚えていない(笑)

こんな風に先を読む癖(先回り?)が幼少の頃から備わっていたと思う。受験の結果は目出度く、親の第一志望(オイラの第二志望)に合格。念願の【受験なし人生】がスタート。

キャプテン翼世代のオイラは中学校ではサッカー部に入部。全然上手くならなかったくせに3年生の時、膝を壊してしまう。そして高校、大学ではゴルフ部に在籍した。ゴルフもそんなに上手くならなかったな~、4年生でようやくレギュラーになった程度。でもゴルフは今でも大好きで、自分の人間性の礎はゴルフという競技と、ゴルフ部での厳しい生活で培われたのだと思う。

ゴルフはとにかくセンスがなかった。それを補うために他の部員の2倍以上練習&トレーニングしていた。この頃から「努力に勝る天才なし」という言葉を信じ込むようになる。

【メモリもまずまず】
勉強は自分で言うのもなんですが、中学、高校で上位10%から陥落したことはなかった。学年トップをとったこともあったっけな。だからと言ってガリ勉タイプだった訳ではなく、試験前に計画的にやる方だった。全ての科目の暗記事項を単語帳にまとめ、それをペラペラめくって覚える作戦で6年間なんとかなった。正直記憶力には自信があったが、忘却曲線もかなり逆スティープだった。

【処理能力もまずまず】
高校時代、要領の良さに磨きがかかり、ゴルフ、バンド、遊び(普)、遊び(秘)、(少し)勉強など、ほとんど家にいなかったな~。単位制に近いカリキュラムだったので3年生の時なんかは週3回午前授業で、遊びたい放題だった。

大学時代は本当にゴルフに打ち込んだ。寝ても覚めてもゴルフ。朝練に出て、陸トレやって、練習所のバイトに行って、タダで球を打たしてもらって、夜は練習所の研修生とパチンコ&ドリンクという生活。正直授業はあまり出てなかったな、、、それでも人のコピーを頼りに、そつなく単位を習得。この時も4年生時はゼミ+1コマしか残っていなかった。もっとも成績は大したことがない。

【ストレス耐性は学生にしては高かった】
ゴルフ部は本当にキツイ部だった。リーグ戦終了後の納会とかで、翌朝まで酒癖の悪い先輩の隣に座らされ、説教を聞き、頭をはたかれ、それでも「ありがとうございました、今日は本当に勉強になりました」と目をキラキラさせながら言える行儀のいい男の子だった(笑) こういう理不尽なことが積み重なると、「逆にこの人、可哀想な人なんだな」と自然に考えるようになった。当時、こんな能力はまったく役に立たないと思ったが、マーケット業務を続ける上でストレス耐性はとても重要。

と、、、ここまで自画自賛してきたが実際のところを申し上げますと、私をパソコンに例えるとするならば、『比較的ハイスペックなマシンなのに、OSもアプリケーションも入っていない状態』

幼少期&学生時代のオイラはこんな感じでした。

2014年3月3日月曜日

とりあえずのオペレーション

ウクライナ情勢の変化を受けたオペレーション方針は当初予定通りとします。

情勢を詳細に語るつもりはありません。今回の展開は2月上旬にかけて発生した新興国(ミニ)危機の巻き戻しの揺り返し。よってリターンムーブもそれほど大きくならない。

既報の通りたんたんとリスクポジションを外していたので、ここからはショートカバー&買い下がり局面。ミニ日経平均先物は14670円で2/3利食い。残りの1/3も14530円にBIDしております。

個別銘柄も直近の新安値近辺にロング積み増しBID(所謂ナンピン)。

FXはZARロングを復元するよりはドル、ユーロショートの買戻しを狙う局面と捉えている。

珍しくうまく行ってるので饒舌(笑) あっ!14530円出来ちゃった!さ~今日も頑張ろう!!!

2014年3月2日日曜日

職業人としての振り返り

次のスタートまであと1か月程度となった。退職後の1か月間はライフスタイルの変化に対応させるべく、諸々の活動、生活インフラの整備にかなりの時間を割いた。

残りの1か月間。これまで20年間に渡る金融人生を振り返り、それぞれの職務において何を身につけ、それが現在どのように役に立っているかをコメントしていきたいと思う。

ある人にアドバイスされたのですが、こういうのって業界を離れると急速に記憶が薄れるらしいので、ボケる前に書き残して、あとあと振り返れるようにしておこうと、、、、、まぁ、ただの備忘録ですから読み流してください(笑)

このシリーズは時間のある時に思い出したようにアップしますので悪しからず!!!