2016年2月23日火曜日

某経済紙電子版の「マイナス金利に関する記事」にもの申す

本日、某経済紙電子版に「マイナス金利、順序が逆で市場に混乱」という記事が掲載された。同紙記者が某学者(元中銀幹部)にインタビューしたものである。

結論から言わしていただくと、酷い主張である。もっと突っ込んでいえば、主張自体もオブラートにくるまれており、正直何が言いたいのかまったく分からない。

本人の名誉のために申し上げると、某学者の回答が難しすぎて、某紙記者が理解しないまま書いてしまったのかもしれない。でも難しいことを世の中に分かりやすく伝えるのも学者の仕事の一つではないか。学問の発展が本分であったとしても、この学者は中銀OBである。民間経済に対しての説明義務を負っていた人間の発言としてはいかがなものかと思う。

これだけ自信満々に書いたので、おかしな点を以下に列挙する。

「量的緩和政策は(中略)マネタリーベースを増やすことでインフレ期待を高めるのが狙いだ。だが3年近く続けてもインフレ期待は高まらず、事実上失敗だったと言えるだろう。」

⇒ 成功の定義を導入当初の「2年で2%」とするならば、この発言は正しい。しかし、①現在の金融政策が導入されていなかった場合、もしくは同氏が主張(しているように見える)、②量的緩和導入をせず当初からマイナス金利を導入した場合と比較しても「失敗だった(=効果がなかった)」と断言できるのか。


「マネタリーベースとインフレ期待との関係も理論的に不明確だ。(中略)結局、名目金利を下げる、すなわちマイナス金利の導入しか手段はない。」

⇒ 確かに「マネタリーベースとインフレ期待」との関係は不明確である。ではこの方が主張されている「金利とインフレ期待」の関係は明確だと言えるのか。答えはNOである。正常金利下における「金利とインフレ期待」の相関を論じた文献は多数ある。しかし超低金利下、マイナス金利下での相関を論じたものはない。このロジックは、「ここまで来た道は真っ直ぐなので、この先も絶対に真っ直ぐである」と断言しているのに等しい。
この表現を使って更に言えば、「これまでの道は上り坂(プラス金利)であり、ちょっと前に突然下り坂(マイナス)になったのに、真っ直ぐの道は間違いなく真っ直ぐなのである」と言っているのと同じ。


「日本の市中銀行は(中略)国債を日銀に売却し、それに代わる資産として住宅ローンなど変動金利貸出を増やしてきた。(中略)インフレ目標が達成されれば、金利が上がるだろうと信じたからだ。」

⇒ 銀行が「金利が上がると信じたから変動金利貸出を増やした」と言っている。この人、銀行の現場まったく分かってない。銀行が変動金利貸出を増やしたのは「固定金利より儲かるから」でしょ。理由はここでは書きません。でも金利市場の仕組みを分かっている方は、その理由も含めて納得ですよね。加えていえば、①変動金利貸出の方が負債とのコリレーションが高い、②借り手サイドにも変動金利による借入ニーズが高かった、という要因も加わる。


「虎の子(日本国債)を日銀に引渡し、その代りに手にしたお宝(変動金利貸出)が、突然張子の虎(低採算アセット)に変わったようなものだ。」

⇒ ECBが、マイナス金利を導入した後に量的緩和を導入したプロセスを正しい順序と主張している。半分正しいけど、説明に使っている言い回しを見ると、根っこの考え方が間違っているね。日銀とECBの違いで語るのならば、日本の場合、市中銀行が国債を日銀に売ってキャピタルゲインを確定させた後、金利が更に低下して【機会損失を被った】と表現すべき。


「210兆円(当座預金の基礎残高)は信用創造過程から切り離され、「不胎化(固定化)してしまう」」

⇒ まずね「不胎化」のいう表現をここで使うのは適切ではない。このワードはフローベースの説明をする時に用いるべきであり、「固定化」という表現のみが正しい。そして本論を申し上げれば、「基礎残高が信用創造過程から切り離される」ということはない。基礎残高が定期預金で、解約した途端、再度(0.10%での)預け入れが出来ない制度であれば、この表現は正しい。しかしそのような制度設計にはなっていない。基礎残高のプールに入っている水(カネ)は、ちゃんと循環するのである。しかもプールの周りには貯水池があり、そこにも十分に水がある状態だ。


結論として、「初心に帰って量的緩和の旗を降ろすべきではないか」

⇒ いまから量的緩和の旗を降ろしたらどうなると思う?国債イールドカーブは阿鼻叫喚のスティープニング、株安⇒円高、しばらくして悪性の円安に突入。無責任甚だしいロジック展開。


なぜこの学者が中銀OBでありながら、こんなコメントをしているのか? おそらく、この人は正常金利下のシンプルな環境しか経験していないのだろう。そして、自分の知っていることが「唯一の正解」という思考回路の人なのでしょう。中銀業務の中でも、現場とは遠く離れた会議室にこもって、マクロ分析と金融政策を検証していただけなんだろう。

ただね、だからと言ってこのような発言は許されないんだよ。だってさ、「偉い人の発言」=「正しいこと」と、受け止めちゃう人が多いんだよ。自分が偉いとか、自分は正しいと思っているならば、まずは分かりやすい説明を心がけてほしい。分かりやすい表現をすると権威が落ちると考えているのであれば、コメントなんてするもんじゃない。

長文になったけど、最後まで読んだマネーマーケットの人、何か意見があったら今度酒でも飲みながら教えて。オイラはまた怒っている。

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